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  • 2024.03.01

    2023 Field Note

    文化人類学者 津田啓仁


    2023/09/29(金) 印刷工場で試作インクの印刷実験へ

    ・13:00前に仙台の印刷工場の建物に着く。周りには美術出版系の社名がついた建物もあり、印刷会社コンプレックスみたいになっている。輸送用車両が通り過ぎていく。吉勝さんと稲葉さんが到着する。お盆のような木箱に今回使う材料を重ねて、カメラを背負っている。稲葉さんはリュックを背負っている。入館前、忘れてしまったマスクをいただいた。
     

    ・建物に入ると、科学製品の匂いがムッとする。石油って感じはしないけど、ムッと厚い感じがする匂いだ。この感じは、「練る」という動作になんとなく今結びついている。
     

    ・若い社員さんに通していただき、そのまま工場内に入場。担当くださる職人さんは、コックのような、駅員さんのような気の良さそうなおじさんだ。
     

    ・入場して早速お盆から今回のインクを取り出す。今朝遅くに粉砕を依頼していた顔料が山形の家に届いて、家でインクを練ってきたとのこと。小さな小皿に①平版用(量多め)、②活版用(量少なめ)、小瓶に③コンパウンドが入っている。インクは、顔料+メディウムからなる。コンパウンドは蜜蝋と油だそう。かなり少ないけどこれで実験できるのだろうか、と思う。
     

    ・早速感触を確かめて、じゃあ入れてみようか、となる。フィルムのような特殊なシートにインクをとって練る。練るという動作が、結構不思議だ。多分独特の手つきがあって、練れている・練れていないという基準があるのだろう。
     

    ・ちなみにマスクをしているのであまり感じないが、少しずらしてみると、さらに匂いがムッとした。嫌な感じはしない。
     

    ・古めかしくずっしり黒光りしている印刷機にテンションが上がる。いろんなパーツが組み合わさって、ローラーのような回転体が6、7つ合わさって摩擦を生じさせながら、動力を伝え合っているのが伝わる。印刷機に見えない。紙とインクの関係に、ローラーがいくつも結合する。
     

    ・インクをとって、活版印刷機の一番上のローラーにヘラで乗っけていく。今回使う版の長さに、少なく乗っけて、回転させる。様子をみると、ローラーの部分にこびりついている。結構ひどいこびりつきに見える。これを職人さんが指でこすって押しのばすように広げる。また回転させて、また伸ばして、の繰り返し。
     

    ・その間、今回のインクについて吉勝さんが説明をされていた。印刷機の音が大きくて聞き取れない部分も多いが、今回宮城県産業技術総合センターの担当者が印刷に知見がある方になって、インクの「硬さ」の評価をやってくれたと。硬度は、水の状態を基準として、アルコールなど他の物質と色々比べてグラフ化して表される。専用の機械で分析すると、普通の工業用インクは最初は硬いけれども、回転を加えて練っていくと一気に硬度が下がり、柔らかくなっていく。一方、今回制作したインクは、最初と最後で硬度が変わらない、という。横に一直線のグラフと、右にいくにつれて落ちていくグラフ。これが何を意味しているかは、いまいち理解できなかった。グラフに出てくる形に、意味を見出す必要がある。
     

    ・(…おそらく粘度に紐づいているのだろうか?最初と最後で差分がある、ということが動きやすさを示している。なんとなく、非可塑的な陶器のようなものを想像する。一度柔らかくしてしまうともう戻らなかったりする、分散しやすい機嫌の悪い生き物。)
     

    ・そうこうしていると、上のローラーにこびりつきが残る問題が現れた。柔らかさとは別の問題であるらしい。つまり、硬度・粘土とは違って、粘着性の問題で、すなわちメディウムの材質の問題、とのこと。柔らかさについては顔料の小ささで対策できそうだけれど、メディウムはまた一から適切な組み合わせを探さないといけないそうだ。前回のメディウムと今回のものが同じものかわからないが、前回の顔料+今回のメディウムではちゃんと伸び広がってローラーにこびりつかなかったとすると、今回verの小さい顔料のサイズに適したメディウムがあるってことだろうか。
     

    ・しかし、稲葉さんは今回と前回で顔料の粉砕方法が違う、とも言っていた。これも気になる話。つまり、原因がどこにあるか、ってわからない。
     

    ・こうした話を現場で職人さんと話しながら、吉勝さんは自作のノートにメモをしている。
     

    ・次に、平版用とコンパウンドを足したもので印刷を試みる。「前はザラザラ感があったけど、これはもうないね。」と職人さんがいう。それと、「触っても伸びない。これが問題かもしれないよね」と。工業用インクと今回のインクの粘りを比べると、全然糸を引かない。
     

    ・印刷が完了した紙をルーペで拡大して見る。インクが「回っていない」という職人さんの発言。吉勝さんも「回ってないですね」と言った気がする。印刷機械は「回転」によって作動していて、回転するローラーの隙間にインクの白い溜まりができてしまっている。これは、ローラーにインクが伸びきらず、固まってだまになっている、ということ。
     

    ・一通り実験してみて、問題が大方見定まったところで、機械を清掃する。洗浄液を流していく。「前はインクが流れなかったけど、今回は綺麗に流れていくね。前に進んでいるよ」と職人さんが言う。前はインクがローラーから全然取れなくて、手作業でローラーから剥がして大変だったそうである。
     

    ・(…しかし、これはどういうことだ?ローラーに付着する粘度と、ローラーを回る粘度は別?前はローラーに付着したけど回った。今回はローラーに付着しなかったけど、回らなかった。ローラーへの付着は顔料のサイズの問題というがどういう風に関係し合っているのか・・?)
     

    ・さて、その場で職人さんと話し合いながら、結果として、顔料はサイズOK、柔らかさ・硬さはOK、だけど伸びを作るのに何かが必要である、という結論に至る。そしてそれは謎のXであり見つけないといけない。課題は整理され、純粋になっていく、ようにみえる。
     

    ・「歴史通りだ」と吉勝さんがいう。これはおそらく吉勝さんが携えている日本の工業インクの歴史を扱った分厚い本を参照してのこと。こんな本を片手に、最新機器も揃った工場で、ドイツ製の古めかしい印刷機に向き合うのが不思議な風景である。
     

    ・一旦場が落ち着いたところで、次に平版用でトライしてみる。これはさっきのものとメディウムが違って、顔料が同じものである。しばらく馴染ませていくが、「まあまあいい感じ」らしい。完成品をみると、「キレイ」とのこと。聞いてみると、「ザラつきがない」ということらしい。版に記載されている0-50-100の印刷の濃度基準に応じて、グラデーションがちゃんとばらついて出ている。そして点が細かい。
     

    ・次に、平版とコンパウンドを足してみる。この練る作業の中で職人さんが、昔使っていた練りの機械を見せてくれる。昔は1日10kgも練っていたとのこと。これは吉勝さんからすると驚きで、確かに10kgの塊を練るのは大変だろうし、吉勝さんの作業風景の写真から想像しても、ガラス棒などで練るのは相当大変そうだ。練るのにもテクニックが必要で、それっぽい動作がある。当時練るのに使っていた四角い調理場のような台と、今機械化されている練り装置も見せてくれた。吉勝さんが言っていたように、人間の手にできることを量的に増やしていっただけのアナログにも見える機械である。ほとんどパン練り機のよう。1kgで30分くらいでやってしまうし、300g×10色は、2時間くらいでやるらしい。昔の印刷屋さんで取り扱っていた範囲の広さを思う。機械に馴染ませていく(=大量複製していく)ために、練るというのが結構祈りのような果てしない過程に思えた。力を込めて、自分も機械のようになっていく。
     

    ・結局、コンパウンドを足したバージョンはそんなに変わらなかった。だが、総じて、前半のインクよりも状態はいいらしい。
     

    ・印刷機で、何枚か印刷してみる。普通1-3枚目は濃くなるけれど、3-10枚刷ってみて、色が安定して出るかどうかが重要だそう。回してみると、ロールへの付着はないけれど、インクが伸びきっていないために、5回ほどインクを版に移してから1回刷ることになる。つまりそうすると5倍時間がかかるわけである。
     

    ・とはいえ、「いい感じになってますよ。大丈夫大丈夫、見えるときは見えますよ」と職人さんが吉勝さんに励ましのような声をかける。このやりとりがとてもよかった。「見える」「まわる」「練る」といった言葉に、機械に近づく手つきが現れているように思う。
     

    ・そうして実験は終了。その後、インクになる前の顔料や、出典としている本を見せ合う。本の中に出てくる「亜麻仁油が燃えちゃったからほったらかしでご飯を食べてたらいい感じの粘度になってインクとして使えることを発見した」というすごい話。
     

    ・さて、工場を後にして、コメダ珈琲に移動する。僕の研究の話、十和田石の話などもさせていただき、色々アドバイスを貰えてありがたい。論考の方向性については、まず色々見てみて、ゴロッとかけることが現れたらそれをベースに、どんな形態にしていくかを考えましょう、という形。
     

    ・インクに関して、採集→染料→顔料→粉砕→インク→印刷、という段階化された構造があること。また、染料から顔料を取り出すパターン(FCでは採集顔料と呼ぶ)と、採集してそのまま顔料にするパターン(採集顔料みたいなやつ)という風に分かれる。
     

    ・吉勝さんの、チームでの取り組み姿勢についての話が印象的だった。「普段の制作の中で、構造やフォーマットに関心が向くのは、バラバラに散らばる・散らばっていく自分の「点」をそうした構造・フォーマットがうまくまとめて、立ち上げてくれるから。これは誰かとのコラボレーションも同形で、相手の人の形に応じて、自分の役割や立場が明らかになって、そうすると楽になる。」
    1時間ほど話して、この日は解散。
     


    2023/11/10,11(金,土) 吉勝制作所での採集から顔料作りまで

    # 11/10(金)
    ・朝、8時になる前に家を出る。久しぶりに高速に乗って、秋田から山形へ向かう。ゆったり車を走らせながら、一度も休憩せず山形に12時前に到着。さっと昼飯を食べてから、12時ちょうどに吉勝制作所に到着。吉勝さんは母屋でゴソゴソされていた気がする。こちらの荷物を出して、すぐに山に向かうことに。
     

    ・道中、荒さんの作業場に挨拶に行く。久しぶりにお会いしたがお変わりない。岐阜への出張と、佐用への出張があるとのこと。佐用、今度行ってみようかな。(秋田に帰宅後、播州おすすめスポットをお送りした。)
     

    ・車で山に向かう。道中、雨がぽつりぽつり。今度の秋美で実施するトークイベントの相談をしたり、熊の話をしたり。
    山道に入るところで冬季の通行止めがされてある(吉勝さんはあちゃーという感じだったので最近封鎖されたのだろう。11月中旬。)だがもちろん、ここがどんな場所で、ということはよく知っていて、僕もそういう場所が欲しいなと思う。歩きながらきのこを見つける。一緒に歩くのがとても楽しい。料理の話、道路脇に出ているきのこ。ずっと歩きたくなる。僕は何もわからないまま喋ることに集中していたが、色々と目配せしながら歩いてらっしゃる。
     

    ・胡桃の木を切る。クルミ。クルミをノコギリで切断して、皮を向いてみるが、なかなかさけない。なかなか難しいので、沢に近い場所に生えている木(おそらく水分を多く含んでいる)を探す。
     

    ・熊が怖いけれど、2人だと大丈夫だろうし、吉勝さんが余裕そうなので、まあ大丈夫かと思う。
     

    ・皮がきっちり剥けないので、そのまま枝ごと回収することにする。吉勝さんのアケビ蔓?のカバンと、僕の登山リュックに。大体3箇所くらいをめぐって、一通り目についたクルミを回収した。主軸的な枝は残して、他はノコギリで落とす。それを適当な長さにハサミで切り揃えていく。吉勝さんは器用に畳むようにカバンに収まる一定のサイズでしまっていくが、僕の方は長さも構わずとりあえずリュックに突き刺していく。
     

    ・本来は、その場で枝に小さなナイフで切り込みを入れる。以前遊びに来た時、その剥ける様子がとても綺麗だった。中の芯は、餅のような白く光るイメージ。吉勝さんのナイフの使い方を見ていると、慣れていないと怖いと思ってしまう。僕がやったら確実に2、3回で手を滑らせてしまう。
     

    ・帰路、集める量の基準を聞く。そうすると、「持てるだけ、だね」という。明日の作業を先取りすると、3回煮出して、それぞれ大体32L分の染料が取れる。それに耐えうるだけの、鍋に収まる最大量、ということだ。それがカゴ+リュック、くらい、ということ。
     

    ・行きにおいておいた謎の美味しそうなきのこも回収。途中、斜面に生えていたシモフリシメジも回収。シモフリシメジを見分けられるようになったら一人前、とのこと。
     

    ・熊鈴をつけないのか?という話もした。なんとなくつけていない、という感覚だそう。これも多分とても重要だ。常に安心しないというか、周りの状況をみよう、という雰囲気を感じる。熊は段階的にシグナルを出すそう。まず鳥が飛び立つようなバタバタ、ボッみたいな音がする。これが1回なら鳥だが、2回続けてなったら熊が圧力をかけている。それでも進むと、おしっこや ・バショウの枝をおったりして、自分の痕跡を残す。それでも進むと、あからさまに木をゴソゴソしたり、鳴き声を出す。そうするともう危険。段階的に出会っていくと、直接干渉せずに済むのだろう。
     

    ・(…自然との関係がとても整理整頓されている印象を受ける。どこに何があって、どのようにアクセス可能で、怖いと思っているナイフの扱いと、怖いと思っている熊の扱い。)
     

    ・一度車に荷物を収めると雨が降り始めていた。雨が降る前に回収できてよかった。雨具を来て近場に見えていたキノコを取りに行く。まずは「かのした」。やっぱり覚えるには、見る・選ぶ・食べる、しかないんだろうな。いろんな角度で知る。かのしたの次は、くりたけ・むきたけ。ガードレールから3mくらい降りたところに、もうめちゃくちゃ生えている。こんなに採れることもレアなようで、今年はくりたけ・むきたけがいい、という話に。吉勝さんが模様を入れたブラシで土を払って、吉勝さんの2つ目のかごいっぱいになるくらい採って、もうこの量は食べきれないだろうから、ということで後にする。
     

    ・帰ってくると16時ごろだったか、だいぶスムーズにことは進み、いい感じの時間である。枝をさらに細かく切って、鍋に詰め込む。吉勝さんはそのまま煮出す準備をしていたと思う。僕はきのこの仕分けをして、謎だったきのこの同定をさせてもらう。「青森版きのこ図鑑」を参照する。ばーっと読んで、これかな、あれかなと考えていると「何かそれっぽいのあった?」「これとかですかねえ」「全然違う」という返答。そこで図鑑の読み方を教えてもらう。冒頭のきのこの特徴解説からきのこの見るべき形のポイントを確認していく。「かさは、ひだは、」と確認していって、頭に入れておくべき特徴を押さえた上で、図鑑を見ていく。気になるものがあれば、Instagramで検索すると、図鑑と現物のブレがわかる。多分これが実践的にも大事で、あとは、図鑑の個別ページの表記を見ていく。言葉との整合性やブレを確認する。
     

    ・(…この図鑑と現実のブレの観点も、おそらく非常に重要である。見本や構造に対して、閾値のようなものがある。機械が認識できる閾値はある程度は狭くて厳密なのに、制作で用いるマテリアルはすごくアンコントローラブルで、素材がやっぱりブレる。)
     

    ・図鑑にはいい悪いがあることも教えてもらう。確かにきのこの図鑑って、大量にある。それは土地土地で取れるものが違うということもあるし、記述の粒度が多分違っている。この理由、もう少し深掘りしたかったな。
     

    ・一通り、作業が終わった。意外にも今日は材料を採取するので終わったので、二人で話せる貴重な時間であった。長旅で疲れてもいるので、一旦宿に戻って18時ごろに再集合してご飯どこかで食べよう、となる。ホテルに一旦戻って仮眠をとって、ラーメンに連れて行っていただく。山形はラーメンをクリスマスやお正月の家族食として食べるらしい。贅沢ではないけれど、ちょっとした特別、なのだろうか。昔の誕生日ファミレスの記憶を思い出す。ラーメンを食べながら、十和田の話、大潟村の話になる。秋田にもきてほしい。
     

     

    # 11/11(土)
    ・8時くらい、ちょっと早めに起きたが布団の上でゴロゴロしたために、割と直前になっていた。ご飯は急いでサンドイッチを口に詰め込んだ。チェックアウト、サンドイッチ、登山靴。
     

    ・10時に吉勝さんのところに合流。そこからは割と圧巻で高速で流れていったため、結構記述が難しい。
     

    ・(…こういう作業をどう書くか。に新しさがある気がする。)
     

    ・まず大きな作業の見取り図を書く必要があるだろう。
     

    ・作業場では、吉勝さんのお母さんである信子さんと、アルバイトとしてきているケンさんがいらっしゃる。信子さんは事前に知っていたが初めてお会いした。
     

    ・作業場には、3つのタンク(染色の原液)がある。1つ目は茶色っぽくて、たくさん煮出すためにアルカリを入れて再度煮出した、とのこと。
    その上で、この流れの中で展開や話題がある。
     

    ・まず昼食前、胡桃を煮出すのを待つ時間に、前回の印刷実験の状況や、信子さんの産業技術総合センターの人との打ち合わせ内容を共有する。ここでは、顔料の「粉砕」の実験結果が出てきていた。粉砕時間が横軸、粒子の大きさが縦軸のグラフがあり、表にそれぞれの時間でどのくらいの粒度になっているか、が出てくる。グラフは面積で見るもので、1μmがどのくらい、10μmがどのくらい残っている、ということがわかる。ボールを5mmから2mmに変えたり、粉砕時間を変えたり、あとは乾式と湿式という方法の違いもある。湿式だと1mmのところまでいけるのでとてもいいらしいが、液体の状態で戻ってくる。
     

    ・これらは全て1つの実験試料でいくつかのパターンを産出してきた数字だそうだが、それぞれのパターンの数値がどんな状態を示すのか、現物を見たかった、という。そう、過程は取れない。結果しか出せない。先方の努力次第では、別に出せるけど。
    「湿式で使うトリXXXX?アミンを油に入れ変えられないか?そうすればインクのメディウム化が一石二鳥で終わるのに。」という。ただ、油にすると粘着してしまって、ちょっと大変、とも。
     

    ・粉砕のデータ上、いい感じに1μmが出てきていても、10μmはおそらく繊維のようなものとして残っていて、これが厄介。これを取り除けないか?という問題。樹脂だろうけれど、重さの検出なので数は少ない、とのこと。また、1μmより低いのは測れないらしい。
     

    ・この前の印刷所での張り付きの問題を考える。しかしこの前の張り付きは〜、粒度の問題か、再凝縮の問題かはわからない。色の濃度を上げていくしかない、という話。まだまだ整理しきれない課題だ。
     

    ・信子さんから、「粉砕も一大産業なんだよ」という話を聞く。デザインは、産業と連結して発達してきたとも言えるが、結局メノウ乳鉢があれば、人の手でその辺のものは機械以上に細かくすりつぶせるらしい。何事も人の手に立ち返ればできてしまうこと。そういう精度を、なんとかして追っかけている感覚、という。
     

    ・顔料の粉砕状況を電子顕微鏡でみた画像を見せてもらう。これはとても綺麗だった。背景に裂け目が映っていて、それが金であるらしい。どうやら、粉砕した顔料を、両面テープに乗っけて、そこに金を垂らす。それが電子顕微鏡のための装置らしい。そういうことをいろんなレベルでやっているのである。機械の「形」の認識方法が、新しいものの制作である、ということ。
     

    ・また、面白いのは作業の中の「滴」という単位。どうしても手ブレによって、横から見ていると目標の2倍くらい入ってしまう。測りや容器のふちを伝って液体が落ちていくので、上からの角度だと見えないので難しい。なかなか、最小単位が量れない。信子さんの「ギリちょん」というフレーズをとても覚えている。
     

    ・ph変動作業の時の、化学実験感はとても面白い。几帳面にノートに表化していく信子さんと、ある程度大雑把に掴みながら析出を段取りよく進めていく吉勝さん。
     

    ・確か17時くらいになると、もう暗くなっていた。きのこを分けていただいて、大変嬉しかった。本当素晴らしいプレゼントだなあ。採集して、分厚いきのこって。帰り道、道が凍ってないか心配だ。雪も化学変化。路面状況をみながら帰る。コンビニで色々買って食べながら帰ったら、全く眠くなることなく帰ることができた。すれ違う車もほとんどなく、帰宅。
     


    2023/11/17 試作インクの粘度の計測&印刷工場での印刷実験

    ・6時過ぎの新幹線に乗る。新幹線の中で仕事をしていたら、あっという間に仙台についた。雨だ。駅のベンチに座って集合時間を待つ。9時、渋滞のなか来てくれた信子さんに駅前でピックアップしてもらう。雨がふり、車は多い。
     

    ・車中で色々話をする。神戸のおばさんのお見舞いの話、絹糸の話(これは帰路だったかも)、仙台の天気。
     

    ・10時前に産業センターに着く。仙台の行政力を感じる、大幅に造成された土地。横にはすでに吉勝さんらが到着していて、車中に吉勝さんが入ってきて、今日の段取り確認をする。
     

    ・①顔料の扱いの話をする。
    この前の印刷実験の理由は、おそらく再凝集で顔料の粒が大きかったから、粘りがなかったのかもしれない。
    また、細かければ細かいほど水を吸っても問題はなくなるので、粉砕をさらに頑張る、という方向性もある。
     

    ・②インクの粉砕をしてもらっている協力企業から戻ってきたインクが、湿式で戻ってきたことについて、対策をどうするか検討する。
    湿式は、純水で撹拌されているため、雑菌が入ることは限りなく少ないものの、じゃあどうやってあの量を乾燥させるのか、は大変難しい課題であること。
     

    ・10時になり建物に向かう。吉勝さんは、だいぶ普段着というか、寝巻きに近いように見えた。(後から聞くと、今朝1時間くらいかけてインクを作ってきたそう。相当大変だ。)受付を済ませて、担当のインクの専門家の方(名前を伺いそびれた。Aさんとしよう)にご挨拶。小柄で溌剌とした方だ。信子さんに明るく楽しげにお話しされている。
     

    ・早速研究室のようなところに入る。理系の研究棟のラボのようなイメージだった。ちょっと背筋が伸びる。いろんな機材があるが、アナログな作業台もあり、かなりごちゃごちゃとしている印象。それぞれのテーブル間でやってることが多分全然違って、いろんなカテゴリーでざっくりまとめられている部屋なのだろうか。まあこの辺りはあまりよくわからないが、別のテーブルとは視線が合わないようになっている。ずっと着席して、というより、来訪者に合わせて作業するだろうから、多少分けているのか。(まあそんなに大事ではないか)
     

    ・Aさんと湿式インクの乾燥をどうするか、という話題に。そのために石鹸のようなもので。ただし、それでも「どうなるかわからない」という強調。また、比較のために2つ作る必要もある、という。「そもそも1日かけてやるべきことなので、また時間を取りましょう。」
     

    ・(…そう、2つも使えない。あとあと常に湿式でやるわけでもないし。問題を解決するのか、原因を探って構造を理解して、その先の未来に繋げるのか、で判断がある。希少なもの、少ないものを扱う)
     

    ・さて、本題の粘土計測へ。
     
     
    # 最初はAのインク。

    ・前回、印刷実験で使ったもの。9/29インクと呼ぶ。
    ちょっとゆるくなっている。「意外とゆるいね。」これで刷れたものも見せる。だいぶいい感じではあるが、やっぱりローラーにこびりついて継続的な印刷はできていない。
    ここで今日の作業を簡潔に教えてもらう。目的は、メディウム制作のため、である。バックの作業台で、もう一つの顔料を練りながら、亜麻仁油、ロジン、テレピンのメディウムを作っていく(顔料は入れていないので、少し黄色く色のついた透明)
    計量には「秤」を使う。
     

    ・行う作業は、「剪断実験」という。機械に垂らしたインクを、回転する金属棒によって、どの程度の粘りがあるか、を非常に微細な金属棒の表面のセンサーで認識する、ということらしい。
     

    ・目指すのは、置いた時には垂れない(=ある程度硬さがある)が、インクがローラーに回ると緩くなっていく、という状態、これをチキソ性(チクソウ性って聞こえた)という。これを表すグラフの形はわかっている。これを出すためには、チキソ性がある物質を使うか、顔料濃度を増やすかのどちらか。顔料濃度を増やすと、つぶつぶが残るようになり、形状「記憶」的になる。
     

    ・この機械は、ずっと練ると時間経過でゆるくなることも多い、とのこと。侵襲せずに測れる機械、というものが貴重であるんだなあ。
     

    ・また、A氏は諸々の課題を指摘した後、コンセプトについても言及する。「変わらない品質を出すことがコンセプトとしていいか?ということは最初から最後までありますよね」
     

    ・また、知っておきたいこととして、印刷ロールの直径・速度(回転数)・ギャップ=剪断速度を知っておきたい、という。1周則がわかると、グラフの中でどの値が現場でのインクの状態に当たるか、がシミュレーションができるようになるため。
     

    ・今この機械では、1,10,100,1000というよくわからない「単位」で計測をする。1000になると柔らかいインクは飛び散ってしまうが、糸のように飛び散っているのは、糸引きという意味でいい傾向らしい。この辺りの、いい悪いの判断も非常に難しい。
    チキソ性は、形状記憶性といってもいいはず。本当は液体っぽいけど、固まろうとする力。
    糸引き性は、柔らかい状態だけれども完全にさらさらはしない粘土がある状態のこと?
    →水は、チキソ性が低く、糸引き性も低い。
     

    ・ローラーを引きあげると、あまり糸引きがなかった。ここでAさんがいうのが、「動きを止めると記憶するからねえ。一度機械を止めると、その状態を記憶するから、それで糸を引かない、ってこともあるからね。」という。
    えええ。物体の記憶、というものが、ごくごく自然に、当たり前に考えられている。
     

     

    # 次にBのインク。

    ・こっちが本命で、改良版だ。1117インクと呼ぶ。これは、顔料がさっきの倍入っている。亜麻仁油2号にロジン・テレピンを混ぜたもの。
     

    ・「ゆるすぎじゃない?」「現場はこのくらいです」この現場と研究所、それぞれの勘のやりとりがとてもいい。「市販のものはもっと硬いですけどね」
     

    ・「これいい!インクっぽさ。色の濃さというか」
     

    ・「ここまで来るのにも本当長かったんだよ」とA氏が言う。「親子の関係性で一緒に仕事をしているのも素晴らしいよね」と。
     

    ・計測に入る前の予備動作として、プリシェアと呼ばれる動きが始まる。一度動きをリセットするためである。これも非常に面白い。いきなり動き始めると、うまく読み込めないことがあり、一度動きをリセットするために、予備動作として動かしてセンサーを馴染ませるようなもの。
     

    ・追撃のように話をしてくれる。「物質は全部動いているんですよ。人間の場合あまりに観察時間が短いから、その動きを捉えられないだけで、本当はこのラックにも粘度がある。遅すぎて測れていないだけで。万物流転って言った人がいるけど、そういうのって科学と哲学は一体なんだよね。」
     

    ・出てきたグラフは、亜麻仁油のような崖っぷち(チキソ性が低いカーブ)ではなく、冒頭少し上がって、(つまり固くなって、なので、おそらく最初が計りづらくなっているよう)、その後、徐々に下がっていく。この過程は、非常に面白く、実況観戦のように「あれ、上がりましたね。まあこれは測れてないってことかもしれないけど、不思議な動きをしてますね。」
     

    ・「どの辺に下がればいい?」というと、「それはわからない。こういう性質である、ということはわかるけど、どこだと実用できるか、は、現場の判断である。」
     

    ・カーブはとてもいい形を描いた。最初に上がって、その後速度をあげるごとに、段階的に柔らかくなっていく。
    「時間移動性」という概念も出てくる、つまり、じーっと動かしていると徐々にゆるくなっていく現象。これは、単に「力」を意味するチキソ性ではなく、徐々にゆるくなる、慣れていく、という記憶の問題でもあるのか?
    最初に上がるのは、低速すぎてはかれていない、とのこと。逆に、亜麻仁油とかは高速すぎると飛び散って測れない、ということもある。
     

    ・結局糸引きはあまり大きくなかった。角が立つくらいである
    角が立つということは、チキソ性が高く、形状記憶的であり、個体に近い。糸引き性が足りないということである。
    この二律背反が非常に興味深い。まずインクとして使えるものはローラーに回るだけ糸引くのがいい。その上で、液体型だと不便もあるので、個体のように垂れないものがベターである。
    あとはローラーに絡みつく・つかないという問題も出てくる。(これにも名前があるらしい)
     

    ・この計測機械の金属棒は1本20万円する、という。ひゃー。1本1本に標準の値が計算されていて、それによってこそ計測できるのである。実験器具も、微調整されるものとしてある。一通り計測が終了すると、テレピンで拭き上げる。
    亜麻仁油の糸引きについて、大体教えてくれる。2号は10cm=ゆるい、3号は3cm、4号は5mm。今は1cmくらいだからー、ということで糸引き性が少ないことになる。粘り気が欲しいね、顔料を入れると粘土みたいになるから、粘度は高くなるよ。という
     

     
    # 次にCのインク。

    ・2時間の予約の中で、1つ目、2つ目のインクが調べたい本命であった。(もしかしたら、時間足りなかった、ということかも)これに加えて、顔料が入っていないメディウムだけの検証をする。
     

    ・ロジンとテレピンの配合。これはワニスロジンと名づける。その関係は知識不足でこの辺り全然わからない。
     

    ・さて、亜麻仁油単体にチキソ性はないが、ロジンにあるかどうか?を検証するという実験目的となる。
     

    ・色々と課題が整理されてくる。ここで、ローラーの話にも言及される。あんまりローラーに引っ付くとだめ。「常温で液体ということは、分子の長さが短いものの集合体である、ということです。だからあんまり固まらないんですね。でも高分子というものがあって、これは分子のつながりが長いものをさしていて、そうすると、分子のつながりが長く、また絡まり合っている、ということになります。そうすると、チキソ性が高い、つまり、かき混ぜる・動かしていくとその絡まりが解かれていって、最初は固かったものが柔らかくなっていく、ということです。」

    この時のAさんの説明は、何段階かある、というように思う。さっきの物体の形状記憶=動き続けている、という話。この次に、分子の長さの中で説明されている。
    金属は、分子が長く、また硬い、ということ。
     

    ・ここで、亜麻仁油2号、3号と比較して、ワニス(2号とロジン・テレピンク)の複合を検証した。結果は、非常にいいグラフである。ほとんど2つ目のようなグラフになる。つまり、さっきのチキソ性の理由が、ロジンにあったということ。「いいですね!!」といった声が上がる。
     

    ・「ロジンは松やに、つまり松の樹脂のことで、天然物なので分子量が長いってことかもしれません。工業用は粒子が細かいし、メディウムの選択肢がとても広いんです。」
     

    ・ロジンがとても有効であることがわかった。だが、ローラー離れの問題がある。ねばつきを出したいが、ローラーに離れる、という問題をどうするか。
    これは、理由を解いていくと、ただ顔料のサイズ、かもしれない。だがどこに理由があるかは本当に不明である。
     

    ・「やっぱりロジンがいいねえ、亜麻仁油はグラフの形が一直線だから。」「ゴムローラーが好きなのがあとは問題だね。」「これがまず金属に移るだけでありがたいんだけどなあ。」擬人的。
     

    ・糸引き性もなかなかよかった。ロジンと顔料2倍、でやるといい。さっきのやつにロジンの割合を増やすといいのでは?というアイデアが浮かぶ。
     

    ・次にコンパウンドのみをやる。
    ワニス(5号)と蜜蝋とロジン・テレピン。
    速い回転では飛び散ってしまった。糸引き性は弱そうな模様の飛び散り方。これって、ローラーとの離れはいいかも、という。
    と思ったら、ひきが悪くない。粘りがありつつ、離れがいい感触がある。
     

    ・次にコンパウンドの対照のために、ワニス・コンパウンドだけでやる。ロジンは抜き。つまり、蜜蝋とロジンは代替できるか、という実験。
    これはワニスコンパウンド、という。
    これでチキソ性が出るかどうか、を見極める。粘りが強ければこれを足していけばいい。
     

    ・実験結果を待ちながら、吉勝さんと話をする。
    「ねばねばと一口に言っても、パラメーターは必要なんだよね。メーカーはそういうデータを持ってるかもしれないけど。」
    「メディウムが一番面白いと思っている。揮発するから、樹脂と色が残って、水分と油分は飛んでいってしまう。普通は接触できないいろんなものを「繋ぎ止める」のがメディウムの役割で、それが面白いよね。」
    粘度の不思議さについて。特にローラーからの離れがいい、という性質も要素に入ってくることについて。「ぬれ性」という概念がちゃんとあるらしい。スマホで調べる。
    掴めるようで掴みきれないこういう概念をコントロールしながら(コントロールという言葉は多分違っているが)なじみながら、印刷を実現するための方向へ向かっている。
     

    ・さて、この結果もなかなか良かった。だいぶ糸を引いている。テレピンを省いて、ロジンかコンパウンドでやるのがいいのでは、と結論。
     

    ・売り先の話になる。これから売っていくのに、ストーリー(つまりその土地のもの・自然物を使いたい)ということ以上に、ただ品質の良さで買われることがあるかもしれないよね、という指摘も面白かった。普通の工業用インクでは取り入れられない機能的要素がある。
    例えば食用インクとか?食べられるインク、なんて、いかにもガガンみたいだ。
     

    ・とりあえず、概ねいい兆しが見えてきたことにみんなで喜ぶ。
     

    ・最後に、粉砕実験の話もちょっとする。
    吉勝さんの話では、粉砕は、結構単純な話で、メディウムは変数が非常に多い。顔料との相性、ローラーとの相性、コンパウンドの状態、そして紙(支持体)との関係で、全部変わってくるのがメディウム。そう思うと、専用紙なども必要になってくるのが、結構恐ろしい話。
    その上で、粉砕も難しい世界である。技術上、「これ以上いけません」というレベルがはっきりあるように思われる。というのも、小さくするにも、合成?と粉砕という方法がある。合成は、液体から行って、形状制御という離れ業も可能だ。合成の場合、1μmはむしろ大きすぎる。もっと小さくできる
    一方、今回の染料から作る、という場合、どうしても粉砕からしか実現できず、その場合、粉砕するには小さすぎる。
    なので、1μm以下は計測できない(方法もあるが、それはまた全然違う機械になってくる)し、10μmくらいのが残ってしまう。この大きめのやつが結構大きな障害らしく、ローラーに引っ付く原因になりうる、と。
    この、問題化可能性、っていうのが結構厄介なんだなあ。
    そして、「ふんきゅう」という選別方法もある。風を当てて、分離する。が、たくさんの量が必要である。
    この「量」の閾値は死活問題。
     

    ・ここでタイムアウト、外は雨が降り続いていて、車で急いで印刷所に向かう。
    粘度ある世界、世界の粘度について、という言葉が浮かぶ。
     

    ・さて、続いて印刷所。これは想像以上にスムーズだった。
     

    ・13:00少し過ぎて到着し、工場に入る。前回と異なりかなりの作業がすでになされていて、音が大きい。不思議な音楽もなっている。工場内の音楽と、ビザにハンコ押す役目みたいな、中央に張り出した席でたくさんの書類に何かを押し当てている人がいる。
    前回同様、挨拶を終えたらすぐにインクを取り出す。さっき使った持参のインクに、ロジンテレピンと、コンパウンドを添加しながら、いい頃合いを見つける、という作業である。
     

    ・前回もやったか、覚えがないけれど、吉勝さんの持ってきた版にスプレーのり77番を吹きつけて、型に貼り付ける。
    続いてハケでインクを、主ローラーに垂らしていく。これは職人さんだったと思う。垂らして、下のノブと横の回転体を回す。この微調整は大変なものではないだろうけど、何やらすごい操作に見えた。
    期待感が充満する。実験結果はとてもいい傾向だったわけだから。「前よりは全然いいね。ちょっとやわいけど」
    さて1枚目完成。とてもいい!テンションがあがり、刷れるところまで刷ると。とてもいい!!湧き立つ。
     

    ・もっと濃くするには?若干色が薄いので。
    大きな粒がローラーに残る。(とメモを書いているが、本当にそうだったっけ?)→多分、走り書き。
     

    ・一通り歓喜にひたり、印刷物をスコープで拡大して眺めながら、ちゃんとインクが100%乗っているか、また、回数によってばらつきがないか、を確かめる。さっきの色の濃さ、だけ問題だね、となる。
     

    ・次に、この場でロジンテレピンを足す。それで2回目。これは吉勝さんが自分で流していたように思う。
    「流れた!」大ロールからはんまでのインクの移りが重要だが、うまくいっている。
     

    ・最後に再びテレピンだけ?を溶いて、かなり薄い状態でやってみる。が、それでもとてもうまくいっている。大成功。色味も安定していて、職人さんからは、ローラーへの固着もないことが確かめられた。
     

    ・3つのバージョンそれぞれでの検証、どれもうまくいっている。バラバラに置いているので、どれがどう、ということではない。
    そんなにやっぱり過程の証明、みたいな話ではない。吉勝さんの制作は、あくまで検証的なものではなく、作ることの方向性の中でものや方法が編成されていくような感じがある。当たり前ではあるが。
     

    ・片付けもすぐ始まり、「今日はこれでOKです!」とのこと。ものの30分くらいで完了したように思う。ちゃんと時間見れてなかったが、このさっぱり感はとても気持ちいいものだった。
     

    ・あとでカフェで合流。話したこと。
    stepについて
    採集>精製>乾燥>粉砕>インク練り>機械、という流れがある時、インク練りまでは中世、それ以降は近代、というもので、
    12/17の仙台wsに参加しつつ、12/18に印刷実験+メディウム実験をすることになった。今日のメディウム実験はもう一度見てみたいし、wsも一度はぜひいってみたかった。
    見本作りもとても気になっている。色見本、という考え方に、何かある気がしている。
     

    ・吉勝さんの最近読んだ本で、1930年-のモダンデザインの受容。そのなかで、工業化を日本が奨励する中で、「美術工芸を産業工芸にする」という目標があったと。いかに再現性をどう保つか?という課題。
     

    ・その時に、印刷機になる、のテキストでも書かれたことだけれど、乱数の重要性を話してもらった。構造の中の乱数が中心にある。作り終わると消えてなくなる、作っている最中はそこと付き合うんだけど、作り終わると消えてなくなるもの、構造と骨しか残っていない。これが乱数であり、メディウムであり、消えるがそれぞれを繋ぎ止めるものである、というものだ。
     

    ・あと、material,or展、なるべく長く書く、という話があったそう。つまり、長く書く、というつながりを伸ばしていくこと。
    高分子のようになる、というのは面白いコンセプトかもしれない。
     


    2023/12/17,18 FCワークショップ&インク制作と実験・印刷

    # 12/17(日)
    ・大雪の予報。まだ朝はしっかりとは降っていなかった気がするけど、6時には電車に乗ったっけな。電車では爆睡して、あっという間に着いた。15分くらい、トタンが線路に飛んできて、遅れたらしい。時間通りには乗り継ぎができて、11時には最寄駅、陸前高砂駅に着く。駅のベンチでおにぎりを食べて、イオンに入って時間を潰しながら、稲葉さんがお迎えにきてくれる。天気の話をして、ダイソーに寄ってから会場に向かう。今回のワークショップは、もともと仙台港という場所の横にあった漁港町?ぽくて、そこが震災で村ごと消えてしまった。震災前の村の行事などについて「明るく」まとめているということで、「もし興味があったら行ってみてください」ということだった。仙台のほとんどの海岸線が護岸されたらしいのだが、この場所だけ残って、そこから取った色を仙台カラーとする。元々はそんなに復興色は前提にしないものだったけど、当然復興色も強くなっていくよね、という。
     

    ・会場に着いたが、時間がまだありそうだったので、1Fの展示スペースを見に行く。震災前後の光景から、もっと前の大正・昭和の時代っぽい写真展示もある。中でも、日和山の展示がかなり不思議である。展示スペースのほとんどを占める形で日和山についての色々な活動について記録があり、中央にはジオラマがある。日和山に対する過剰な意味づけがやっぱり不思議である。たった3mほどの丘のような場所に、希望のようなものを見る。何かの活動に向けた集約地点のようになる。
     

    ・今回のワークショップは、3回目だそうで、1回目に採集、2回目に粉砕、そして今日。4回目(最終回)は、インク制作をするそう。
     

    ・ワークショップが13時くらいに始まった。ホワイトボードには本日の行程が書かれる。集まったのはほとんどが子供とその親で、先生はプライベートできていて、あと小松さんというアーティストの方。全体で25人、子供が10人くらいだったか。確かに子供にとってはとても楽しい企画だろうな。当初の予想としてそういう子供向けの視点があったわけではないそう。
     

    ・自己紹介で一言。その後作業が始まる。2班に分かれて、粉砕チームとインクチームに。粉砕チームに入って、もらった木のかけら。松の皮を叩いていく。植物は繊維があるから、全然砕いていけない。ある参加者は「粘り」と言っていたけれど、粘っこく捻りたくなってくる。最初に、布でくるんだ材料をトンカチで叩く。隣の子供が黙って、ガンガン叩いている。床のことや散らばることなどを気にせず叩く。開いてみると、思ったよりも小さくなっていた。布の上からだと力はよく伝わっているのかわからなくなってくる。どれくらい砕けているのかのフィードバックは特にわからなくて、しばらく叩いて、開いて、を繰り返す。
     

    ・指紋に入るサイズが、20μm。ちなみに10μmはバクテリアとかのサイズらしい。これはあの展示にも書いていた内容だ。よくよく考えると、40μだと倍だし、100μm=0.1mmてこと。1mと1mmと1μmが1000倍だな。
     

    ・タンタン叩いて、しばらくざらざらな程度に細かくなれば、(確かに質的変化を感じる)、すり鉢に入れて、練り始める。すり鉢と乳棒はなんとなくシンプルなガラス加工みたいなやつだ。ゴリゴリやっていると、匂いがしてくる。カニの匂いがする!とか。しばらくやってみて、細かくなったと思って見ても、触ると不十分であることがわかる。肌触りの質感で、シルクスクリーンにとおるサイズと全然違うことがわかる。特に黒松は繊維が多くて難しいそうで、ほどほどの時間になったところで、インク化をした。テレピンを混ぜて、水を足して、布に塗っていく。一回めはもう全然で、ざらざらの粒が残ってしまった。なので、もう一度やり直す。おそらくシルクは無理だと思ったので、もうざっくりとインクにしていく。無事、インク化はできた。塗り絵見本に色を乗っけて完成。小松さんは、黒松を本当に一日中混ぜていたらしく、本当に貴重なものだと思う。
    よく考えると、テレピンと水で全部作れてしまうのがすごい。
     

     

    ・最後に、みんなで作ったものを紹介する。子供達は潰すのに難しさを感じていたのと、水の量が難しい、という話。色の名前もなかなか面白かった。こなもも色、ホコリ色、カニミソ色、優しい紫色。「まだいけます」からもっとやっていく、という。
     

    ・吉勝さんが総括として、紙の隠蔽率が高いインクが多くて良い、とのこと。最後に片付けをみんなでやって、終了後またもう一度やって、帰る。片付けの最中、「いやーやっと終わったねえ」と言い合う。
     

    ・会場には、図鑑が並べてある。色を代表させること、色見本や色の塗り絵作り、図鑑、同定作業。こうしたものが何かキーワードを含んでいるように感じる。バラバラのものたちを、1つに同定する、ということ。世界の中のバラバラなものたちを1つに定める。あるいは、1つに作る。作るものは色見本で、世界の中から見本を作る作業なのである。何かオリジナルな表現というよりも、ある一つの代表物を作る。(それによって、その背景にある無数のパターンを見せる?)吉勝さんの、なんかできそうかも?と一瞬思えるが、全然そんなことはないセンスに関わっている。ローカルというより、超シティというかコモンな感じ。
     

    ・会場を後にして、信子さんに挨拶をしてそのまま山形に帰る。道中、雪が本降りになりはじめる。稲葉さんのワークショップの感想や、秋田のお菓子屋さんの話が面白かった。お菓子屋さんやるかあー。山形市内で餃子を食べた。美味しかったし、野蚕のこともさすがよくご存知で、また色々何かやりたい。その後、車中で餅つきの話をして、寒河江のホテルで下ろしてもらった。
     

     

    # 12/18(月)
    ・翌日、早朝からスタートだ。6:15にタクシーにのり、もうほとんど一面雪の中を吉勝さんの家へ。ご自宅、少しずつ明るくなってきているところ、稲葉さんが雪かきを始めている。お手伝いするが、かなりふわふわの雪でこれを道に寄せる、といった作業。家を出る前にももう一度した。
     

    ・作業場の中で、石油ストーブをつけてスタートする。なんかおじいちゃんちの味があるな。自分の作業場があって、そこと家を行き来する感覚。その小綺麗さや整っている感じがとても落ち着くし、納屋のあの感じもとてもいい。しばらく?やっていたのか、どうかわからないけど、8時に出発で、7時くらいには作業を始めた気がする。
     

    ・3つ作る予定で、
    ①テレピンで混ぜたもの(顔料の量が多いもの)10分分散
    ②4号ワニスで混ぜたもの分散10分
    ③4号ワニスで混ぜたもの分散10-10分
     

    ・湿らないように、乾燥させてからすぐに混ぜて、分散させていく(その作業が、第一弾のメノウ乳鉢での練り分散の作業)これをやりながら量は調整していく。だいぶ腕も痛くなってくるが、最小限の動きで。10分測って終わったら、ガラス板にあけてワニス?も足して練っていく。練っているうち、徐々に硬くもなってきて、本当にこれで混ざるのか?と心配になる。思えば、パンを作る時もパンに対して水の量って不安というか、これだけで本当に混ざるのか?と思う。これは、クッキーとかだと顕著だとおもう。とにかく、ベロベロと混ぜていって、はけでかき集めて、(アイスクレープみたいな)完成とする。
     

    ・次に②。乾いたところにワニスを入れる、が、ワニスは全然混ざらなかった。そこでテレピンをちょっと足して混ざるようにしていく。ドバッと入れてしまったのでちょっと焦りながら混ぜる。かなりゆるいものができてしまって申し訳ない。
    あとで聞いた話では、テレピンを多量に入れた場合、その部分を拭き取る?などして液体のまま混ざる前に取るのがいいらしい。乾燥する=酸化する、だからまた条件が変わってくるってことか。
     

    ・機材自体は、元々油絵の顔料インクのための作業らしくて、その道の人には一般的な作業のよう。
     

    ・この辺りの話が、言語化しづらいというか、言葉が生まれてこないのは、本当に作業だからだろうな。でもどうやればこの作業の部分に何らか意味を見出せるか、というよりも、ほとんどの物事には単調な作業が張り付いている、ということの当たり前だけど大事な感覚。PC上だと質的なものがあっという間に出せるわけで。
     

    ・もう8時だね行かないと、ということで、すぐさま車に乗り込む。道中では、インクの話を色々聞いた気がする。メモをとっておいた方がよかったけど、インクの作り方、特に、それぞれの物質の違いについてなど。あとは、昨日のこの話に関連して、ということで、例えばボディビルの話題などする。
     

     

    ・それぞれの物質の違いを言っておく。
    – テレピン
    洗剤ともいうし揮発性の物質。定着?ではないけど、物質を液体に溶かして(=洗剤的な機能)、すぐに揮発して定着させる。
    – ロジン
    天然物質。テレピンを煮詰めて固形化したものをいう。松やに。
    – ワニス(亜麻仁油)
    ワニスは、ニスで、表面を強くする、という意味だった気がする。確かにポロポロ落ちるもんな。
    (多分色がある)
    – 蝋、蜜蝋
    確実ではないので、気をつけたい。
     

    ・粘度計測実験のスペースに来た。今日は信子さんは不在で、ラボに入る。ラボでは、湿式顔料の乾燥がうまくいった話も。
     

    ・さて、まず①を回してみると、なぜか粘度が上昇していく。テレピンが揮発していっているから、徐々に粘度が高くなるのかね、と言いながら、レベリング不足=塗ってから定着までが遅いかも、という話。レベリングとは、階層が出る、っていうことで、つまり状態によってすぐに硬くなるか液体のままか、という違い。これは重要な要素である。
     

    ・また、職人の場面と実験室の場面での数値の異なりも面白い。職人がgoodと思う粘度を見つけることが重要で、毎回その粘度を狙っていくんだけど、必ずしもこちらで何か狙うべきものがわかっているわけではないのである。
     

    ・触った感じとてもいい、テレピンも入っても粘度は高いね、という話。
     

    ・もう一度になるが、あのシェア(剪断)の機械は、サンプルin→トリム(余分な材を取り除く)→プリシェア→本計測、という順番に進んでいく。剪断する力の応答性をみる。
     

    ・そして見てみると、テレピンの量が多く、代わりに油を入れることも考えたが、結局残るので、NGであった。今回の顔料の方が細かい感じがあった、とのこと。
     

    ・さて、②を試す。こちらは分散20分。ゆるく、角もたたないので、さっきの方がいい気がするね。置くとのっぺり下がって、広がってしまう(たまり醤油みたいな感じ)。「さっきのと重ね合わせて表現しますよ」と言うが、この「重ね合わせ」がすごく科学的。粘度が2000くらいで、初っ端からめっちゃ軽い。
     

    ・少し突っ込んで話を聞いてみる。この粘度ってどういう意味なんですか?みたいなゆるい質問だったけど、「水飴だと1万くらいの粘度で、それよりゆるいし、はちみつよりもゆるい。ジャムだと、粘度は高いけれど、糸を引かないからちょっと違うものなんだよね。」
     

    ・最後に、これまでのあゆみをまとめる。
    まずテレピンは完全に揮発するから、ワニスや油は最後まで残るでの濃度に影響する。顔料はよくなっていっている。粉砕がうまくいっていて、乾燥もいけている。湿式か乾式は検討中。
    活版ではなくオフセットならいけるかも。平版だとね、ロールだと版の用意にお金がかかるからNG。
    次から、テレピンを数値化しよう。1つ1つ数字になってきたね。今まではほとんど手の感覚だったもんねえ。とAさん
    最後に、数値をグラフにする作業について吉勝さんから質問があった。数字→グラフ。手→レオメーター
     

    ・さて、そこから車で印刷工場へ。
     

    ・工場で職人さんに、伝えたこと。「乾燥時間を長く、顔料を多くしました」前回が初めて乾燥させて、よい結果が出ていた。
     

    ・始まる前に、担当の人?に胴速などを聞く。これは事前に稲葉さんが質問をしていて、機械には3500と書いている=3500枚/s刷れる計算。それが2000-2500枚くらいになっている。さらに昔の取説があって、これを写真に撮る。
     

    ・さて、②から刷ってみる。かなりなめらかでいい感じの仕上がり。綺麗で、インク自体とてもなだらかに、いい感じに出ている。あとは濃度や色の濃さの問題。張りつきはなくgood。インクの量があれば、500枚くらいは刷れる。まずは真っ黒になるくらいの量でやるのが、現場ではいいよ、とおっしゃる。
     

    ・吉勝さんがインクのたまりについて、そういう現象を示す言葉があるか、と聞くが、そんなことは起こることではないので、名前はないという。
     

    ・粘り気はあればいい。柔らかいと機械との相性が悪くなるから。
     

    ・色の濃さについての問題になってくる。裏写りはするけれど、これはパウダーをかければ大丈夫だし、裏移りしやすい紙なので、インクの精度を上げていく、という話。経年劣化するのか、という話も出る。どうなるかわからないけど、そういう話のところまで来たってことだね、と盛り上がる。
     

    ・工業インクたっぷりverを見せてくれる。インクの触った感触を見てみると、「このざらざらは、工業インクにはないよね。薄さもちょうど良い。工業インクだと真っ黒になる。工業インクでやってみると全くたまらない。」
     

    ・①をやると、薄い。色が出ない。インクの量が少ない、という課題。まあこれは仕方ない。
     

    ・最後に、適切ver。やはり、綺麗だったし、なんというかスムーズ。
     

    ・版のサイズを変えてみるとか、あとは100%隠蔽率での使用が前提になるので、次回、違った版を使いましょう、といった今後の検証事項があがる。
     

    ・どこかで少し話したこと。「今は胡桃でやっているけれど、そうじゃないパターンも出てくるわけで、そうなるとメディウムも変わってくるかもしれない。変数が無限になる。」とんでもないことをしているよなあ。
     

     


    津田啓仁 文化人類学者(秋田公立美術大学博士課程)
    企業で人類学を取り入れた業務の開発に従事したのち、現在は秋田を拠点に干拓地・八郎潟を取り巻く自然環境関する研究に取り組む。踊りやパフォーマンス、俳句、映像等の表現行為への関心を持つ。

  • 2024.02.25

    海で見つけた二つの色 ――ひね草色とひじき色

    台所草木染め 結工房 吉田信子

    「ひね草色」
    市街地ではあまり見かけることのなかった植物で、染めたときの色がとても強かったのはカワラヨモギだった。以前、河原で見たカワラヨモギは1mほどの背丈ですらっとしていたのに、砂浜に生息するそれは30㎝ほどで、枝分かれした多くの枝は半分地面を這って、まるで別の植物のようだった。海風を常に受け、厳しい環境でも力強く生きてきたそれは、11月に採集したときには、実をつけた長茎のほとんどが枯れかけているのに、その根元には根生葉と呼ばれる葉が白い綿毛に包まれて生き生きとしていた。

    カワラヨモギはキク科の多年草で、古くから「茵蔯蒿(インチンコウ)」という漢方薬として使われてきた。黄疸の妙薬と言われ、胆汁分泌効果や利尿作用を持つ。皮膚の痒みにも有効で、花穂や実のついた全草を煎じて服用や外用として用いると言う。

    草木染に使う植物は漢方薬と重なることが多い。色素は、植物が自身を守るために作り出す有機化合物の一種だからだ。
    フラボノイド類の色素は、強い紫外線の活性酸素から守るための抗酸化作用や抗菌、殺菌作用を持っており、苅安、萩、玉ねぎ、ヤマモモなど、アルミ媒染で黄味の色を染めるのに使う染材に含まれていることが多い。
    ポリフェノール類の1種であるタンニンは、お茶やワインの渋み成分で、抗酸化作用、止瀉や整腸作用があり、色としては鉄媒染で黒味の色になる。ブナ科、松科、マメ科、柿渋など多くの植物に含まれている。
    また、藍、アカネ、ウコンなど、古くから薬効の知られてきた染材も多い。

    現代医学においても、植物の果たしている役割は大きい。東洋においても西洋においても、昔から人々は植物を薬として用いてきた。天然の有機化合物を分子レベルで研究し、有効成分を取り出し、合成、改質して新しい治療薬を開発するのが一般的な医薬品開発の手法だそうだ。

    カワラヨモギの染液を作り、絹を染めてみると、アルミ媒染で緑味の黄色、鉄媒染では黒味の海松色が染まった。顔料にするとさらに緑味が増し、茶味の黄緑色となった。若草色のように柔らかく美しい色ではないが、決して枯れた弱々しさはなく、主張の強いしっかりした色味だ。
    元来色の名前は何百通りもあり、それぞれに固有の名前を持っていた。なので、新生姜より辛味の強い「ひねショウガ」を参考に、まるで頑固な私のようだと思いながら、「ひね草色」と名付けた。

    「ひじき色」
    今まで海藻で染めたことがなかったので、このような機会に実験してみることにした。
    海藻は光合成を行い、胞子で増える。その生育場所はほとんどが岩礁海岸の潮間帯から海底までで、一般的に緑藻は浅いところに、やや深いところには褐藻が、紅藻は最も深いところまで生息すると言われている。
    太陽光は海の中を進むときに吸収され、深くなると緑から紫の光線しか届かない。アオノリのように葉緑素以外の色素をもたない緑藻は海の深いところでは生活することができず、フノリのような紅藻は青の光線でも光合成が可能な色素を持っている。

    今回は家にあった昆布と、南三陸の友人が作ってくれたヒジキとフノリの乾物を使うことにした。
    まずは、一般的な染液抽出の要領で、水から煎じてみた。どれもうっすらと鉄媒染でグレーが染まったが、アルミでは色が出ず。フノリは溶けてしまい、染めるというより糊付けのようになってしまった。その後、酸性やアルカリ性の水で煎じてみたが、どれもほとんど染まらなかった。
    次に紫根染めで使われる、アルコールでの抽出を試みたが、これも抽出できず。
    あまりアンモニアは使いたくなかったが、アンモニア発酵での抽出方法をためしてみることにした。これはイギリスで行われていた草木染の技法で、コケや地衣類から色素を抽出するときに用いられる。アンモニア溶液に浸けること、数日でヒジキだけが濃い褐色になった。そのまま冷暗所で1か月ほど発酵させたものが染液となる。

    ヒジキはホンダワラ属の褐藻の1種で、時に1mを越す大きさになる。波の荒い潮間帯に生息し、春から初夏にかけて成熟し、夏には岩に付着する繊維状根以外は消失してしまう。
    古くから食品としてなじみの深いが、その生態は知らなかった。

    発酵させたヒジキの染液を薄めて絹を染めてみると、アルミ媒染で紫味を帯びた茶色が染まり、顔料にすると焦げ茶色になった。名前はそのまま「ひじき色」とした。

    陸上植物は約5億年に緑藻類から進化したと言われている。胞子で繁殖したり、突然消失したりと、植物とは異なる不思議な生態だが、同じように光合成によって生き、身を守るための色素なども作り出している。今回染に使える色素を有していることが分かったことで、海の中まで染めのフィールドが広がった。

     

    参考文献

    「自然を染める」 植物染色の基礎と応用
    木村光雄・道明美保子著 / 木魂社 / 2007年刊行

    自然百科シリーズ「宮城の薬草」
    近藤嘉和著・早坂英期撮影 / 河北新報社 / 1993年刊行

    「草木染染料植物図鑑」
    山崎青樹著 / 美術出版社 / 1985年刊行

  • 2023.09.20

    石炭を拾い、色をつくる (香頭ヶ浜のコールブラウン)

    吉勝制作所 吉田勝信

    石炭を拾いに
    山形県の日本海側、鶴岡市にある香頭ヶ浜を訪れた。
    ここには、2000万年前の地層が、ほぼ90°ころんで地表に露出している場所がある。火山の噴火、地震、隆起……、理由は定かではないと聞くが、とにかく積層した堆積物が長い年月とエネルギーを受け化石化したものがよくみえる場所だ。
    日本海はおおよそ1600万年前に完成したといわれている。それよりも前は中国大陸と日本はつながっていて現在の日本海がある場所には大きな湖が点在していたそうだ。その湖のひとつの湖岸がおそらく、現在の香頭ヶ浜であろう。
    そこに火山が噴火した際の爆風や土石流と一緒に周辺の樹々が薙ぎ倒され、流されて、湖の底へ沈んだ。その火山の運動とともにそれが繰り返されて積層し、化石化することで石炭になった。つまり、湖底の泥、薙ぎ倒された樹、火山灰、この三層がそれぞれ化石化すると、泥岩、石炭、凝灰岩となる。台風や地殻運動が激しいときはたくさんの樹を薙ぎ倒しただろう。そんな時には、石炭層が厚くなり、そうでないときは、薄い層となったと想像する。その重なりがころんで海岸線に露出している。それをほじくりかえして石炭を採集した。

    山形の日本海側にもその昔、小さな炭鉱が数十個あったそうだ。1957年ごろまで稼働していた香頭ヶ浜付近の油戸炭鉱は三菱鉱業が営み、地域の産業となっていた。炭鉱の跡を訪ねて三瀬という地域で地誌をみせてもらった。地誌には、三瀬炭鉱のことが少しだけ書いてあった。
    地元の方に石炭の方言名を聞いてみると「石炭は石炭だ」と言っていた。燃やす以外の利用についても聞いてみると特には思い当たらないということだった。近代、産業として電気や製鉄に使う目的で入ってきたもののようだった。
    鶴岡の北、酒田市には火力発電所がある。現在も石炭を燃やし稼働している。その石炭は、ロシア、オーストラリア、中国などからやってきているらしい。
     
     
    地質と修験道
    今回、石炭を採集した香頭ヶ浜に伝わる言い伝えでは、その昔、大仏の頭が漂着し、しかもその頭は香木で良い匂いがしたという。それが地名の謂れになっている。
    すでに仏教色の強い話ではあるが、羽黒修験の古い信仰地であった荒倉山が香頭ヶ浜のすぐ裏手にあり、荒倉山へ登り庄内平野を眺めると、その奥に羽黒修験の重要な霊山である月山が見える。荒倉山の麓にある東源寺には、流れついた仏像が奉納されているらしく、その名前は、大海出現西目大佛と呼ばれ、なんともそのままを冠した名前だった。

    香頭ヶ浜は、義父とともに地質のフィールドワークに出かけたときに教えてもらったのだが、フィールドワークでは海側の地域だけでなく、露頭と呼ばれる地層が表面に出ている場所を探して山中もたくさん歩いた。海側であれば波打ち際の海岸であるが山側であれば、繁茂する植物で隠れた地表を避けて、谷間に流れる川の斜面、滝の裏の岩盤などを目指した。

    義父と歩いていて、修行の道を思い出した。私は一度だけ羽黒修験の修行に入ったことがある。その後も何度か宿坊の修行体験を手伝ったりもしたのだが、そのときに、サワガケやタキギョウ(滝行)を行ったときの道筋と義父が露頭を探して歩いた場所がそっくりだった。古く修験者は火薬や製鉄に詳しく、金や銀の採掘地などを占う際には山の案内人として役人を導いたなどという話がある。地質学が日本に入る以前は、彼らのような存在が地質的な知恵をもっていたようであった。今回の採集地である香頭ヶ浜の周りだけをみても、羽黒修験の重要な聖地が点在し、地質的に特殊な場所と信仰との関係を考えてしまう。
    地学が相手にしている「時間」は非常に長く、彼らが言うには数千万年で出来た石炭は若く地質年表の最少単位は1Ma=100万年であった。義父の話を聞いているときは、その人間のスケールを超えた時間の話にクラクラして、身近な話として考えることが出来なかったが、習俗など文化的なものと地学が交わる部分をみつけると、少し身近なものとして考えることが出来るようになった。
     
     
    イギリスの石炭
    2023年6月、イングランドの北部、ウェイクフィールドへ向かった。国立石炭博物館でワークショップの講師をつとめることになったのである。博物館では、60代〜70代くらいのEX-MINER エクスマイナー(元炭鉱夫)のおじさんたちが今も働いていて、実際に使っていた炭鉱や設備を案内してくれる。
    イギリスでは2024年に石炭による火力発電を停止すると発表した。持続可能性の観点から嫌われがちの石炭であったが、実際に採掘していたマイナーのおじさんたちは今でも誇らしげだった。腕や胴が太く、ドラゴンなどの強そうなイレズミを手足に入れていた。賃金体系を聞くと相場は悪くなく、地下数百メートルの暗い炭鉱に潜り、命の危険があることを考えると当然かもしれない。
    彼らの話を聞くと、5代前まで遡ればもともと農家の家系で、畑から石炭が出てきたために、穴掘りが得意な人が徐々専業になっていったらしい。石炭にも品質があるそうで、このウェイクフィールドで採れるものは家庭用が中心だった。製鉄に使われる石炭はアンソロサイトと呼び、もっと品質がよいものらしかった。イギリスで採れる石炭は3億年前のもので、その石炭層はロシアまで続いているらしい。

    200年前の炭鉱では、坑内のガスや石炭粉への引火や爆発の危険から明かりをつけることが出来ず、本当になにも見えない暗闇で女性や子供なども働いており、石炭掘りが得意な一家全員で、採掘を行なっていた。暗闇で石炭層と他の地層を(見ることなく)見わける方法は、なめることだった。石炭は無味無臭だが、その前後の地層は、しょっぱかったり、ミネラルっぽかったり、何らかしらの味がするそうで、その味で暗闇のなかで石炭か否かを見わけるらしかった。

    博物館で働くマイナーのトレバーさんが言うには、彼がまだ赤ん坊で母のおなかに入っていたころ、彼の母が頭の痛を感じると石炭をしゃぶっていたらしい。どうやら、石炭にはアスピリンが含まれており、痛み止めになるとのことだった。
    私が驚いたのは、石炭の効果よりもそういった伝承があることだった。香頭ヶ浜付近では、産業の色しかなかった石炭が、イギリスでは、民間療法のような習俗の一部になっていた。そこには、製鉄、エネルギーだけではない、石炭と人の営みの関わり方がありそうだった。
     
     
    3億年前の石炭層とキノコ
    私はキノコを採るのが好きでよく山に入る。キノコを大別すると3種類あり、一つは菌根菌と呼ばれる土から生えるキノコ。二つ目は、木材腐朽菌と言われ、森の分解者とも呼ばれるキノコ。三つ目は冬中夏草などの昆虫などに寄生するキノコだ。キノコと植物の関係は深く、菌根菌は樹々の根にとりつき土中の養分を樹へ与え、キノコは樹からは光合成によってつくられた養分をもらう共生関係にある。木材腐朽菌は、樹々の肉にとりつき腐らせながら分解していく。森をみているとマイタケは少し樹が弱ったときに生えて、死が近づくとナメコ、ボロボロになるとムキタケ……、のような順で分解の段階によって生えるキノコが異なる気がする。

    4億年前くらい前、海中から植物が陸上へ生存圏を広げるときに出会ったのが菌根菌の祖先だったそうだ。海底のように常に水がありやわらかい土ではなく、陸上の地面はかたく、水分も少ない。その環境の中で、菌根菌が根の入りこめない砂粒の間に入り根の代わりに養分を運んでやるのだった。陸上に上がった植物はシダ系の植物らしく、30mくらい(現在の森でみかけるものより)のずいぶん背が高いものだった。この頃、木材腐朽菌は、まだ存在せず、植物を分解する者がいなかった。4億年前〜3億年前の5000万年〜1億年くらいの間、死んだ植物を分解するものが居らず、厚いその死体が全て化石になり、それが石炭層になった。私がイギリスで採った石炭はこれだったのだ。
    植物は光合成によって二酸化炭素を、酸素と炭素に分ける。空気中には酸素をはきだし、体内には炭素をたくわえる。そして、炭素は燃やすと酸素とくっつき、二酸化炭素に戻る。つまり3億年前の石炭を燃やすということは、当時の二酸化炭素を現代に再生させているということである。
     
     
    石炭を砕く話
    拾ってきた石炭を印刷用の顔料にする。シルクスクリーン印刷用の顔料をつくる。
    いろんな説明の仕方があると思うが、顔料とは、私の言葉で説明すると「とにかく細かくなった物」のことだ。言い換えると、どんなものでも細かくすると顔料になる。私は普段から海や山からの採集物で工業印刷用のインクを作るプロジェクトを行なっているのだが、顔料となる物質を化学的な溶剤などを使わずに細かくしようとして最先端の機械を使って試みている。すると結局は、あの手この手をつかって物理的に素材を粉砕しているだけだと気がついた。
    つまり、数千年、数万年前にヒトが石を使って叩いているのと大して変わらないことを現代でも行なっている。今回、目指す細かさは指紋と指紋の間に入り込む粒度だ。指紋と指紋の間は、およそ20μm以下と言われていて、触った感触と目視の二つで確認できる大変都合の良いスケールだ。おそらく人体のなかで最も細かく測れるスケールではないかと思う。しかも、これくらい細かいとシルクスクリーン印刷の紗の隙間を通り抜け、きれいに印刷できる。
    まず石炭を金槌で叩き、細かく砕く。飛び散りやすかったので布で包んでひたすら叩くことにした。おおかた潰し終えたらフルイにかけ、大きなかけらを取り除く。それを何回か繰り返した。次に、荒石製の摺鉢でフルイにかけた石炭を磨り潰し、あらかた潰し終えたら磁器製の白い乳鉢をつかって、目の細かさを上げる。乳鉢で潰したあとは、メノウで出来た乳鉢でさらに細かくする。満遍なく細かく出来ているかどうかは、最終的には触って判断するのが、途中段階では音で判断する場合が多い。最初は、ザラザラ、ガリガリ、キリキリ、低い音、高い音、いろんな音が混ざっている。それが磨り潰してしばらくすると音が変わってくる。最終的には粒度が揃ってきて、高音に揃う。全工程で30分くらいだろうか。そんなに大変ではなかった。
    砕く前の石炭を見ている限りは、一つの塊に見えるが、磨り潰すと三種類の鉱物質があるのがわかる。灰色ですごく硬い石、黒くて硬い石、茶色で柔らかい石の三つだ。
    色の側面から見ると、香頭ヶ浜の石炭はこの三種類に分類できた。
     
     
    インクにする話
    インクに必要なのは顔料だけでなくメディウムが必要だ。要は糊のことだ。
    今回は、牛乳由来のタンパク質と言われるミルクガゼイン、ゴムの樹液、デンプンのり、水を混ぜて糊を作った。この糊であれば、布にプリントし洗濯しても大丈夫な堅牢度が保てる。私の印刷所では微妙に配合率を変えて無線綴じ用の製本糊にも使っている。日本にあるものでゴムの樹液に変わる物があると良いなとずっと思っているが、今のところ代わりになる物は見つかっていない。
    このメディウムと石炭顔料を混ぜる。石炭に油分が多いからか、しばらくは浮いて混ぜづらかったがしばらくかき混ぜていたら馴染んできた。これでインクが完成した。
    シルクスクリーン印刷のために用意した版は、上部が濃度100%で下部が濃度0%とした。インク濃度によって色が異なるのか…、インクは紗を綺麗に通るか…、それらを判断するための色見本として制作した。
    試しに刷ってみたらムラのある石炭の色がそのまま立ち上がった。
    名前をつけるならコールブラウンだろうか。
     

    おもな参考文献
    『菌根の世界』、齋藤雅典、(築地書館 2021)

  • 2023.03.29

    二万年前のSendai Color ――氷河期の森の赤を求めて

    台所草木染め 結工房 吉田信子

    今年度、私たちは「Sendai Color」として、地底の森ミュージアム(仙台市富沢遺跡保存館)に協力していただき、2万年前のSendai Colorを作る試みをした。
    地底の森ミュージアムでは、発掘調査でわかった情報に基づき、2万年前の風景を野外展示「氷河期の森」として復元しており実際に散策できるようになっている。現在より平均気温が7〜8度も低かった当地にはトミザワトウヒ(現在のアカエゾマツに近い絶滅種)やグイマツなどの針葉樹に加え、わずかにシラカンバなどの広葉樹がまじる湿地林が構成されていたそうで、その様子が実感できるように約90種類もの植物が配置されている。

    初めて氷河期の森を訪れたのは7月7日、まだ初夏の頃だった。昔は周りに何もなかったように覚えているのだが、今はもう街がすぐ近くまで押し寄せていて、「氷河期の森」だけが別世界のようだった(写真:上から1枚目)。
    職員の方々に森や湿地の構成を伺い、氷河期にあった樹木や草花を教わり、その中でも氷河期の森のメインであるアカエゾマツ、グイマツ、チョウセンゴヨウの3種の松を、季節ごとに染色や顔料のテストを行うことにした。

    アカエゾマツはマツ科トウヒ属の常緑針葉樹で、北海道の道南以北に分布。最終氷期には東北地方で最も繁栄していた植物のひとつとされているが、本州での自生は、その稀少な生き残りとされる早池峰山の小さな群落のみという。赤褐色の幹に短い葉を枝の肌がみえないほどびっしりと生やして、毛深い動物の手のようだ(写真:上から2枚目)。染めると銅媒染で茶、鉄媒染でグレーが出たがアルミ媒染ではほとんど染まらなかった。
    チョウセンゴヨウはマツ科マツ属の常緑針葉樹。東北アジア原産で、朝鮮半島から日本にも自生している。最終氷期には広く繁栄していたが、今は比較的稀な種となった。伺った時にはちょうど10㎝以上もある大きな松ぼっくりをつけていて、その種子は大きく美味しく、食用の「松の実」になるという。葉は針状で、その名の通り短枝に5本束になって生えている(写真:上から3枚目)。染めるとアルミ媒染ではベージュ、銅媒染で赤味の茶、鉄媒染でグレーが染まった。
    グイマツはマツ科カラマツ属、黄葉、落葉する針葉樹で、世界一北に分布するダフリアカラマツの一変種とされ、千島列島からサハリンに分布している。最終氷期には北海道から東北北部まで分布していたが、8000年前には北海道からも姿を消した。雌花は鮮紅色でバラの花のように美しいそうで、7月でも球果はまだその赤味を残していた(写真:上から4枚目 写真:仙台市富沢遺跡保存館提供・5枚目)。染めると、どの媒染でもほとんど染まらなかったが、顔料化すると薄いが茶味のオレンジになった。テスト結果を考慮しグイマツから赤味の顔料がとれる可能性があるのではと考えた。
    アカエゾマツやチョウセンゴヨウでも樹皮や球果のでき始めに赤い色を見るという。またグイマツの赤い球果はカラマツには見られないグイマツ独自の特徴だと聞く。氷河期の凍てついた白と針葉樹の深い緑の中に、小さな火が灯るように見え隠れする赤い色を想像し、樹たちの持つ赤を取り出したいと夢想した。

    8月10日、建物に接触しているグイマツの枝を伐採すると連絡が入り、大急ぎで駆け付ける。「氷河期の森」では自然のままに生育させるので伐採することがほとんどなく、太い枝を貰える貴重な機会となった。貰って帰った枝の樹皮を剥すと、表皮の下に赤紫がかった色素が厚く蓄えられていた(写真:上から6枚目)。早速染めるとアルミ媒染で赤茶色、銅媒染で濃い赤茶色、鉄媒染でグレー。顔料化すると濃い赤茶色の顔料がたくさん採れた。
    草木染では、花の色や実の色と染められる色とは違うことが多い。色素には、光合成のための光を吸収したり、酸化を防いだり、紫外線から身を守ったりする働きがあるという。大概の植物は色々な種類の色素を持ち、またその色素が出てくる時期にもずれがあるので、草木染はその植物独自の様々な色調が染められ、さらに時期で変化するのだろう。
    松の持つ色素は複合型タンニンやカテキンといわれているが、同じく複合型タンニンを有する車輪梅というバラ科の植物は、秋の染めによく使っている。9月ごろから赤味の茶色が染まるようになり、初冬のころは赤味が強く茶味が少ないのだが、冬が深まるとともにしっかりした赤紫茶色が染まるようになり、冬の終わりには赤味も紫味も消えて渋い茶色になる。
    その初冬の一時期に、気温か日射量の関係か分からないのだが、茶味のほとんどない赤味の色が染まる年が何度かあった。車輪梅と松とでは事情が違うかもしれないが、同じような色素を持っているのであれば、そうしたことも起こるかもしれず、そのタイミングを探そうと思った。

    2022年の仙台の残暑は厳しく、ほとんど雨も降らなかった。例年なら9月には秋の染めシーズンが始まるので、車輪梅やピラカンサス、萩などで染めテストを繰り返し色素が出てくるタイミングを探った。しかしなかなか色は出ず、10月に入って、赤味の少ない茶色ではあったがやっと染まり始めた。
    10月15日、茶味が強くなる前のタイミングとして、ここかと思い勇んで「氷河期の森」を訪れたが、木々は可哀想なほど弱っていた。職員の方々は日々暑さや水不足と戦っていたが、チョウセンゴヨウが数本枯れかけ、グイマツも弱々しかった。染めるとチョウセンゴヨウやグイマツで、赤茶色が染まったが色素自体が非常に少なく、目指す色にはならなかった。
    温暖化の進んだ仙台で、氷河期の植生を維持することの難しさを知り、暑さに耐える木々の痛々しさに胸が詰まった。ここ数年、温暖化の影響か、萩はオレンジ味の茶色が美しかったのに、今年は薄い黄土色しか染まらなかった。山茶花は柔らかい薄茶色を染めるのに良く使っていたのだが、もうその色は出ずに黄色になってしまう。草木染めはもとも気候に左右されるものではあるのだけど、ここ数年の変化は激しく、特にこの夏は厳しかった。

    12月14日、寒くなり全体に赤味の色が染まるようになった。今まで黄土色だったアカエゾマツでもついに赤茶色が染まった。色素も多く、それぞれから赤茶の顔料が取れた。
    2月18日、枯れたチョウセンゴヨウを伐採したと連絡が入った。残念なことだが、枯れたとはいえまだ緑葉の残る太い枝を貰った。樹皮の下には、グイマツほど厚くはないが赤味の色素の層があり、早速染液を採る。染めると、12月より少し黄味が入ってオレンジ味の茶色となったが、顔料は赤味が強い。他の松からも色味はそれぞれだが、赤茶色の顔料が取れた。今は水を変えながら精製している最中なので、完成するのはまだ1か月先になるが、顔料の試し描きが待たれる。
    また、8月のグイマツ樹皮からの取った顔料から油性インクを作ろうとしている。昨年は他の植物でも赤味が少ない年だったので難しいかもしれないが、どこまで赤に近づけるか、結果はこの冊子に反映される予定だ。

    この1年、「氷河期の森」の松の観察を通し、またその森を守る方々に接し、植物をいっそう身近に感じながら暮らしたように思う。はじめはどの松でも染まる色はほとんど同じだろうと思っていたが、とんでもない間違いだった。3種三様の様々な色に染まり、また時期による樹脂や色素の変化もそれぞれが違っていた。
    ただ立っているように見える植物の体内では、樹脂や色素、植物ホルモンなどが作られ、暑さや日照り、害虫や病気など環境の変化に対応しているという。その戦術は驚くほど多様で個性的だ。淡々と動じずに生きているように思っていた樹々だが、動物と同じように1日1日を乗り越えるように生きているのだと思った。

    また植物について、スタッフの方々の話や本から学んだことで、地球という密閉空間のなかで、植物の果たしている役割の大きさを知り、世界の見え方が変わったように思う。植物は光合成によって太陽の光エネルギーを活用し、二酸化炭素と水から炭水化物と酸素を作ると知ってはいたけど、その重要性について本当には分かっていなかった。
    何億年も前の地球にはほとんど酸素がなく、植物が何億年もかけて排出してきた酸素によって、地球大気の酸素濃度は上昇したそうだ。さらに酸素が紫外線に当たると「オゾン」に変化し、それが上空に集まってオゾン層を形成し、生物を紫外線から守ってくれる。こんなにも命溢れる地球を作ったのは、植物だったのだと改めて思った。
    そしてその大量の命を維持し続けているのも、また植物なのだ。植物の行う光合成は光エネルギーから化学エネルギーを蓄えた炭水化物を作るエネルギーの変換作業で、その対をなすように、「呼吸」がある。「呼吸」は酸素を用いて炭水化物を二酸化炭素まで分解することだが、それによって炭水化物に蓄えられた化学エネルギーは酸化し、熱や生命活動に必要なエネルギーとなる。
    光合成は二酸化炭素を使い酸素を排出し、呼吸は酸素を使い二酸化炭素を排出する。その循環によって、私たちの生命活動に必要なエネルギーは太陽の光から作られ続けている。その循環の主役は植物で、食べることでしかエネルギーを得られない私たちたち動物は、完全に植物に依存している。

    3月、まだ浅い春、窓越しに降り注ぐ太陽の光はほのぼのと暖かい。この熱こそが光エネルギーで、私もこのエネルギーで生きているのだと思う。窓の外に見える木々、空には鳥が飛び、草の陰では虫たちがせっせと歩き回っている。すべてに光が降り注ぎ、植物は惜しげもなく与えてくれて、みんなが同じ仕組みの上に成り立っている、この世界の一体感を感じながら。

     

    参考文献

    「植物の体の中では何が起こってるのか」
    動かない植物が生きていくためのしくみ
    嶋田幸久・萱原正嗣著 / ベレ出版 / 2015年刊行

    「自然を染める」 植物染色の基礎と応用
    木村光雄・道明美保子著 / 木魂社 / 2007年刊行

    「植物 奇跡の化学工場」 光合成、菌との共生から有毒物質まで
    黒柳正典著 / 築地書館 / 2018年刊行

  • 2023.03.20

    深海のインクとクレヨン

    吉勝制作所 吉田勝信 ・ 稲葉鮎子

    2021年夏。国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)50周年記念企画「KR21-11 航海」に参加させていただけることになった。企画は、深海調査研究船「かいれい」と無人探査機「かいこうMK-IV」を用いた採水・採泥・観察作業・プランクトンとプラスチックゴミの採取、そして、海底までの往来時と海底での実験に立ち合わせていただくといった内容であった。

     
     

    願ってもない貴重な機会とあって、僕は一緒に乗船する妻と一緒に3つの自主企画を検討した。

    #「採泥試料を用いたインク生成」の試みること
    #「かいこうMK-IV」で海底に文字を書いてもらう「文字描画実験の実施」
    #「研究船”かいれい”のフィールドワーク」

    ここでは、その乗船・航海の日を振り返りながら、Foraged Colorsのプロジェクトで培った技術を用いて「採泥試料を用いたインクの生成」を試みたプロセスを紹介したいと思う。

     
     

    乗船当日、僕は駿河湾内の清水港に向かった。停泊していた全長106mもの「かいれい」の大きさにまず圧倒された。重厚な大きな船の内部は油の匂いが漂い、低いエンジン音が響いていた。「KR21-11」の航海後、まもなく退役が予定されていると聞いて、僕は船内のあちらこちらを散策した。
    階層ごとに色分けされた空間、海上での時を刻んできた視認性の高いクロック、どなたかからの贈りものだと想像する日本人形やかいれいの絵。そして、船のデッキに出ると、眩しい空の青、穏やかな波と群青色の海、鮮烈な船の色、「かいこう」の黄色が目に飛び込んできた。全ての物という物の色が明瞭だった。

     
     

    船内を探索するうち「かいこう」が海に着水。「かいこう」は、最大潜航深度7000mまで潜航調査することができる無人探査機である。多彩な機能を持つこの探査機をつかって、深海・海溝域で様々な調査・観測・研究がされている。

     
     

    約1350mもの海底に到着した「かいこう」から届く映像は、海のような、宇宙のような光景であった。
    あちらこちらにヒトデの姿があり、時折、鮮烈な色の魚影が横切る。操縦士の方々が巧みに「かいこう」の手でマニピュレーターを操り、どんどんとサンプルの採取や実験を進めていった。

     
     

    採取したサンプルが海上に届くのを待って、船内のリサーチラボで観察を行った。採取した泥には、海底から届いた映像にあったヒトデの姿もあった。思っていたより華奢なフォルムだ。

     
     

    取り出したダークグリーングレイ色の泥から、海洋プラスチックの含有量を調べる。泥には有機物も含まれているとも聞いた。ときに臭いこともあるということだったが、新鮮だったからだろうか、それほどにおいを感じなかった。サンプルの泥を少しだけ指に取ると、指紋に入り込むような細かな粒子を確認できそうだった。海底泥から顔料を精製できという直感が湧いた。

     
     

    後日、工房で「採泥試料を用いたインクの生成」実験を開始。
    まずは母に、深海の泥を粒子のサイズに応じていくつかのレベルにわけてもらった。時間も手間もかかるが、特別な機械をつかうことなく家庭の台所をラボとして、顔料化を進めていった。濾過の過程では、石灰質の小さなかけらが出ててきた。よく見ると海洋生物の殻だった。50μmほどの粒子に揃えた泥を乳鉢でさらに粉砕。メディウムとなる膠などと配合し「色」を確認してみると……、駿河湾の海底で見たあの「ダークグリーングレイ」があらわれた。蜜蝋とあわせてつくったクレヨンでもその「色」を再現できた。

     
     

    ステップを進め、Foraged Colors で開発したメディウムと調合し、インクづくりも試みた。
    メディウムと深海泥をよく練り合わせていくと……、かいこうが採泥した瞬間の「色」があらわれた。濡れているのにマットな海底泥の色ができあがった。ためしに航海プロジェクトナンバー「KR21-11」と文字をプリント。

     
     

    世界各地の海底の色を採集しインクにしたら、「色」に違いはでるのだろうか。
    駿河湾の海底泥からつくったこの「色」なんと呼ぼうか……、あの日の思い出とともに想像を膨らませている。

     
     
     

    本事業へのご支援、図版協力
    一般社団法人3710Lab
    JAMSTEC50周年記念事業、JAMSTEC×3710Lab、KR21-11

  • 2022.03.25

    2021 Project Report

    See Visions 石倉葵

    色は「選ぶ」から「採る」へ

    Foraged Colors(以下、FC)は、自然からの採集物や食物から顔料とメディウムを作り、新たなインクとして現行の印刷機へ実装するプロジェクトである。“forage([fˈɔːrɪdʒ]/フォーリッジ)”とは、英語で「〜を探し回る」という意味の動詞である。FCではYUIKOUBOU(仙台市堤町)の築50年の民家の庭で採れる草木、吉勝制作所(山形県大江町)の裏山で採れる枝葉や木の実を文字通り「採集する」ことに始まる。ここから染織りの手法を応用して染料から顔料を作り、顔料をメディウムと呼ばれる溶剤に溶かしてインクを作る。顔料の抽出は、採集した植物から染料を抽出する染織領域の技術を基礎とする。令和2年度には手描きで布や紙に固着できるメディウムの開発と、抽出した染料の顔料化に成功。令和3年度は油性メディウムの開発、活版印刷での実装実験を実施した。

    FCの課題意識とその背景には主に2つある。1つ目は環境負荷の問題、2つ目は人間の営為として連綿と続いてきた自然から色を取り出す技術の喪失に対する危機感である。

    1.インクの環境負荷
    従来型のインクや有機溶剤には、インクそのものが石油で作られていること、また使用する工程でも有機溶剤による環境や人体への影響懸念や、水質汚染などの環境負荷が課題となっている。
    こうした課題意識から、印刷産業界でも有機溶剤をインキ中から極力減らすべく日々努力が重ねられている。近年では樹木や種子、米ぬか等の植物由来成分や生物由来成分などの再生可能な有機性資源を一部使用したバイオマスインキが開発されたり、水が主体成分となる「水性グラビアインキ」への切り替えなどが一部で行われたりしている。印刷インキに関する代表的な環境マークには植物油インキマーク(印刷インキ工業連合会)、エコマーク(日本環境協会)があるが、オフセットインキではすでに大部分のインキがこの2つのマーク基準に準拠しているため、2015年から「インキグリーンマーク」(印刷インキ工業連合会)が導入され、今後さらなる環境配慮製品の開発が促される方向である。
    また、一般的に環境負荷が低いと考えられる天然染料による布染めにも、固着剤として強い薬品を使用するのが通例で、媒染液(金属系)の廃液も存在するため、環境負荷と工人の健康負荷が高いという課題がある。
    これらから工業的なテキスタイルや印刷、塗装などの「色」を扱う産業には通底する課題があり、今後環境意識の高まりとともにさらなる持続可能な染料・インクに注目度が高まっていくと予想される。

    *参照:
    印刷インキ工業連合会 ウェブサイト ( https://www.ink-jpima.org/ink_kankyou.html )

    *VOCとは:
    揮発性有機化合物(Volatile Organic Compounds)の略称。大気中で気体となる有機化合物の総称で、インクなどに含まれる溶剤やガソリンから揮発してくるトルエンやキシレン、金属や機器の洗浄に使われるトリクレン(トリクロロエチレン)、塩化メチレン(ジクロロメタン)などがその代表例とされる。目やのどの痛みなどの原因となったり、農作物にさまざまな悪影響を及ぼしたりする原因物質の一つとされる。

    2.技術の喪失に対する危機感
    人間活動による地表改変が地質的に影響を及ぼすことを地質年代の用語で「人新世」(The Anthropoceneアントロポセン)と呼ぶ。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンの言葉である。
    環境の変化と技術革新は同時に、文化の分断も多く生み出してきた。考古学領域の研究では、キノコの採集は日本付近では紀元前5000年には始まったとされる。「食べられるもの/食べられないもの」を見分ける知識や、毒抜きや保存、その土地土地に根ざした郷土料理など、食べることと採集が地続きになっている民俗的な身体感覚は何千年もの歴史の中で培われてきた人間の文化そのもののであるといえる。
    近代では進歩とよばれていたものが、人の健康だけでなく文化や民俗を細切れにしていく事例は、食の領域だけではなく、その他の領域でも多く存在する。そして一度途絶えてしまった技術を再興することは往々にして難しいことを私たちはすでに知っている。
    FCで目指すのは懐古主義的な技術保存ではなく、人類が連綿と続けてきた技術の現代社会への実装である。「採集物でインクをつくる」ことにより、山から都市、採集から印刷、民俗文化から産業までを結び直すことを目指す。

    染織×デザイン×印刷
    ー 技法の横断と実装実験

    2022年1月20日、YUIKOUBOUにて染料から抽出した顔料と、自作したメディウムを練り合わせたインクを4種類試作した。染料を顔料化する技術は令和2年度にYUIKOUBOUで成果が出たものを引き続き採用する。顔料の原料はYUIKOUBOUの庭に生えているシャリンバイの枝葉である。そこから顔料化には4週間近くかかる。「通常、染織りの技術では顔料化しないように工夫するのが普通です*」と吉田信子。顔料化により季節の色を保存できること(染織りではその季節にしかその色は出せないとされる)、インクのほかにも絵具やクレヨンなど、多様な展開・表現が可能になりえることなど、染織りにはなかった発想や展開に期待を寄せる。
    こうして抽出した顔料にはそれ自体に定着力はなく、何かに着彩するためには、接着をするための糊材が必要となる。その糊材が「メディウム」である。印刷機で主に使われるのは油系のメディウムである。今回はイギリスの印刷業者John Baskerville(ジョン・バスカヴィル 1706 – 1775)のレシピを参照し、食用アマニ油を加工して粘度をあげた煮アマニ油でメディウムを自作した。
    ガラスの板上に顔料とメディウムを少量載せ、ガラスの練り棒で練っていく。この「インク練り」の工程では、油絵具の手練りの手法を参照している。ここでの目下の課題は顔料を粒度をそろえてできるだけ細粒化すること。目指すのは10μm。通常ではまだ50μmほど。ここから10μm小さくするのも現在の自動乳鉢と手作業だけでは難しく、今後改良の余地がある。

    *染織においてもまれに染液が顔料化することがある。顔料化すると、布が染まらなくなるため、通常、染色の現場では顔料化は何らかの不具合とされ、忌避される。

    できあがったインクは加工に使用した4パターンである。

    道具+技法+顔料+メディウム
    ① 乳鉢+加熱+ピラカンサス+煮アマニ油
    ② 乳鉢+加熱+シャリンバイ+煮アマニ油
    ③ 乳鉢+フィルミックス*+月見草+煮アマニ油
    ④ 乳鉢+フィルミックス+20㎛のふるいにかける作業+月見草+煮アマニ油
    (③と④は宮城県産業技術総合センターの指導協力のもと生成)

    試作したインクを持ち込んだのは今野印刷株式会社(仙台市)。活版印刷機を使ったForaged Colorsの実装実験が行われた。プリンティングディレクターは遠藤新一さん。創業116年の今野印刷で、今では唯一活版印刷機を扱える人物である。遠藤さんが入社した48年前は活版印刷しかなかったというから印刷技術もやはり変化のスピードは早い。
    実験の結果、④では月見草の顔料の色であるグレーが他に比べてもはっきりと出た。遠藤さんも「①〜③に比べて明らかに粒子の細かさが違う」と実装化に向けて期待が高まるコメント。①〜③も色は顔料の粒が大きいものほど色は薄かったものの、どのインクも紙に印刷をすることができた。このことから顔料が細かければ細かいほどより濃い色が印刷できるということがわかり、今後の技術面に活かすべき課題が明確になった。

    *フィルミックス
    薄膜旋回型高速ミキサー。強力な遠心力によって形成される高速旋回薄膜に試料を閉じ込めるので、高い攪拌エネルギーを均等に処理物に転移することができ、従来の乳化機・分散機ではできなかった粒子径コントロールが可能になった。

    デザイン領域の拡張
    ー「何色で」から「何で」刷るかへ

    現在、印刷の現場で「色」というと、CMYK4色の掛け合わせのパーセンテージや、カラーチップからイメージにあった色を「選ぶ」ことが主軸となっている。これは音楽に例えるなら音律という「音の基準」が固定化されているということに似ている。どこの印刷所で印刷をしてもパーセンテージやカラーチップの番号などの数字が同じであれば、同じ色を出せるという技術的前提に立ち、デザイナーはカラーセオリーに即して色を「選ぶ」。
    その土地で採集できるものを使ってその地域ならではの色を作るノウハウが確立されれば、デザインの領域は「何色で刷るか」から「何で(どの植物で、どの土で、どの廃材で等)刷るか」という選択肢をもちえることになる。デザイナーの仕事は色を選ぶことから、風景とつながる素材を土地のなかから「forage」、つまり探して歩き回る「FC型デザイン」へと遷移するかもしれない。
    「デザインの工程で、そうなるともはや色を選ぶ必要があるのか、ということになると思います。たとえば、それまではデザインのセオリーに則って赤を選んでいたけれども、その土地から色を取り出すことができれば、そのとき出てくる色は究極的に何色であってもいい。なぜなら色とともにその土地がもつ記憶や風景のほうが立ち上がってくることになるからです」と吉田勝信は語る。

    クラフトインクが結び直すもの
    ー 実装実験とビジョン

    Foraged Colorsは「クラフトインク」と言い換えることも可能かもしれない。近年クラフトビールやクラフトジン、クラフトコーラなど、少〜中量生産の新しいものづくりは食の場面を中心に活発化している。その担い手たちは、過去と現在、技術革新と伝統の間で分断されていたものづくりの技術を取り戻し、その技術をとおして身の回りの自然を読み直すことで新たな製品を世に送り出すことを生業にしている。そしてその担い手たちが注目されるのには、製品の良さやコンセプトの新しさもさることながら、彼らが掘り起こした技術をとおして世界をどう読み直したのかを人々が知りたがっているからにほかならない。FCは分野こそ食ではないが、色の分野においてそのラインに並ぶ新たな試みとなり得る。そこで「クラフト〜」の言い方に倣えば、「クラフトインクをビオでドメスティックにDIYするレシピを作り、それをシェアする」のがFCの取り組みであるとも言える。
    一方で、あくまで「クラフトインクの製造・販売」ではなく「クラフトインクのレシピの販売」とするのは、食分野の先駆者とは異なる視点である。それは、その土地土地で採集した植物から、その土地の色を自走型で作れる技術が根づくことで、染料となる植物の採集や天然顔料のインクづくりがその地域の雇用になり得るからだ。土地ごとに少〜中量生産の持続可能な雇用を生み出すことは、「民俗文化と産業を結び直す」というFCの目的と合致する。
    FCで生まれる色たちは、例えば「仙台色のインク」の意味で「Sendai Colors」など新たな色の開発に結びつき、その土地の印刷業界における特殊技術が生まれる可能性の萌芽にもなりえる。現地で色を作ることで輸送コストの軽減にもつながるだろう。この技術が普及すれば、産業的には印刷業界の産業体系の環境負荷を下げ、持続可能性が高まるだけでなく、人間の営為として連綿と続いてきた自然から色を取り出す工芸的な技術を産業として保存し、後世に受け継ぐことも可能になるかもしれない。
    今後の課題として、顔料を細粒化する技術、中量産体制といったインクの製造工程のほかに、Foraged Inkを使うことでこそ得られる技術的特長を打ち出すことが挙げられる。今後は印刷にとどまらず、Foraged Inkを建築、テキスタイル、ファインアート、工芸などさまざまな領域での活用を視野に入れた実装実験を行いながら、領域横断的にForaged Colorsを活用することでそれぞれの知見を共有しながら、「FC型デザイン」の可能性を広げていく必要がある。

  • 2022.03.10

    色を待つ-植物に寄り添う控えめなモノづくり

    大阪大学・人間科学研究科 Ethnography Lab 代表 森田敦郎
    一般社団法人パースペクティブ共同代表 工藝文化コーディネーター 高室幸子

    気候変動を始めとする環境の危機が深まる中で、デザイナーやモノづくりの担い手たちは、これまで当然のように使ってきた素材の多くが分解不能な廃棄物を生み出すことを強く意識せざるをえないようになっている。こうした中、従来は石油原料や化学物質から作られてきた材料を、廃棄物や天然素材から作ろうとするマテリアル・デザインが世界的に注目を集めている。Foraged Colorsもまた、従来は化学物質や鉱物から作られてきた印刷顔料やメディウムを植物から作り出すことを目指している。だが、身近な植物から色を作り出すこの試みは、「色」についての我々の理解も大きく変えようとしている。

    デザイナーの多くにとって「色を作る」とは、Adobe Illustratorなどのソフトウェアでの操作のように、光の三原色を調合することを意味するのではないだろうか?そこでは、色は選択されるものであり、選択されるのは抽象的な光の配合である。一方、Foraged Colorsの吉田勝信のいう「色を作る」という言葉、とくに「作る」という動詞部分には、それとは比較にならないリアリティが詰まっている。

    Foraged Colorsは、顔料とメディウムを一から作ることで、色を選択し、色のついたプロダクトを生み出すという一見当たり前の活動の背後にある複雑なプロセスと営みに意識を向ける。印刷工程の主役である印刷機、顔料とメディウムを混合して作り出される粘度の高いインク、それらを押し付けるローラー、これら一連の機械を操作する熟練した手つき。色を素材(マテリアル)として捉え直すということは、我々がしばしば見落としてしまう、これら無数の要素を表舞台に引き出していく。それは、抽象的な光の混合として理解されてきた「色」を、人と機械と素材が織りなす様々な仕事の連鎖の中に位置付けていく。

    その多様な仕事の連鎖の中でも我々が注目するのは、吉田が「色を作る」と表現した顔料づくりのプロセスである。だが、一見力強い「作る」という動詞とは裏腹に、このプロセスの主役は人間というよりも植物自身である。花や葉を煮詰め、ゆっくりと時間をかけて沈殿するのを待つ。その上澄みを捨て、一連の作業を何度も繰り返す―それも、自宅の小さな台所で。この繰り返しの中で、彼らは花が徐々に「色」になっていくのを「待つ」。

    こうして生まれてきた色は、生きた植物のその唯一無二の状態に呼応する。同じ植物であっても、それが生きた土壌により、気候により、また採取してきた季節により、年により、色は少しずつ異なる。花や葉という生きた植物自体の持つ全体性が、徐々に凝縮し、再編し、「色になる」。このような植物の固有性と全体性を活かすためには、作る側に工程の主導権を植物に委ねる「奥ゆかしさ」が求められる。

    このことは多くの工藝材料にも共通する。漆、麻、茅、木工や建築のための木材…。これらの自然素材を使ってモノを作るということは、生きた植物のその唯一無二の状態を受け入れるということでもある。どんなに画一的なプロセスや道具で材料を「作ろう」としても、人側の作為は極めて限定的にしか及ばないことを、それらの材料を使う職人は —高い技術をもった人ほど— よく理解している。

    工藝と同様に、Foraged Colorsは顔料として凝縮する「色」とその素材となる植物の間の濃厚な関係性に我々の意識を向けさせる。両者はともに、材料 —とくに植物— の持つ全体性が自ずから辿る変化に向き合い寄り添うことを求める創造的な活動だ。そこでは、設備の準備や濾過、煮沸といった人間の能動的な働きかけと、素材がそれ自体の固有な特徴に応じて変化するのを「待つ」という受動的な姿勢が一体となっている。この待つという姿勢において、Foraged Colorsの営みは抽象的な光の合成として無限に色を生成するIllustratorのような現代的なテクノロジーとは対照的な位置にあると言えるだろう。

    世界的な環境危機を背景として、昨今のデザインでは素材への回帰が起こっている。その中でForaged Colorsは、色を素材(マテリアル)として捉え直す以上のものを私たちに垣間見させてくれる。彼らは、印刷物の色を実現するための機械、素材、人々からなるインフラストラクチャーに光をあて、我々に色をその中で理解するようにいざなう。その色作りでは、繰り返しの多い、ゆっくりとした工程を経て、生育環境と季節の刻印を帯びた植物の固有のあり方が顔料へと凝集していく。この緩やかなプロセスは、自然の循環と環境の制限の中でモノを作るということの価値を我々に語りかけてくれているようである。

  • 2022.03.01

    森から色を採る

    台所草木染め 結工房 吉田信子

    長年絹物を織ってきたが、自分で糸を作り始めるとすぐに「良い糸とは何か?」という疑問にぶつかった。繭に熱風をかけることで保存できるようにしているが、熱によって本来の艶が損なわれてしまう。さらに高速で糸を巻き取るため強い張力がかかり、シルクの持つ伸縮性を失ってしまう。出来上がった糸は、節と呼ばれる余分な繊維が絡みついていないか、糸の太さにムラはないかということを調べ、均一さが重視されるが、それは機械で効率良く織る為だ。
    これは良い糸を目指しているのではなく、効率や経済性の良い糸を目指しているのだ。さらに均一さを目指した故に、必要以上にキレイで洗練され過ぎた物ができ上がり、それ以外は認められないような世界になっているのだと思った。こうしたことは、絹糸業に限らず、現代のあらゆる分野で起きていることなのだと思う。

    私たちは素材の持つ本来の健全さが守り、そして今まで「傷」と言われてきたムラや節を「味」と言い変え、人の手の感触の残るものづくりを目指している。

    今回のプロジェクトは、草木を採集し、染液を作り、その染液を顔料化して絵の具を作る。それも安全な天然の材料だけで油性インクを作り印刷までしてしまおうという試みだ。やり始めてみると、薬品を使わなくても天然の材料だけでちゃんとできてしまうことに驚いた。しかし、どんな文明の利器でも始まりは身の回りの自然にあるものから作られたのだから、ある意味当たり前だったのだ。

    その昔、人々は森で暮らし、身の回りの草や木で必要な道具は小さなものから大きなものまで作り、採集や収穫物の保存方法など、衣食住のすべてにおいて豊富な知識と技術を持っていた。日本には縄文時代と呼ばれる13000年間も続いた時代があるが、それは世界史的にも珍しいという。ブナなど実のなる広葉樹に覆われた豊かな森と、森の保水力に培われた多くの川を背景に狩猟採集の生活が行われていたのだが、自然の利用の仕方がとても巧みであったこと、さらにそれが持続可能な生活スタイルであったことにより、これほど長きに渡り続いたと言われている。

    私たちは祖先から続くように、森に入り木から色を採る。クヌギからは薄茶色、ガマズミからは赤茶色、桑からは明るい黄色と深緑・・・。あるいは庭や河原で色を採る。春のヨモギからは草色、夏の月見草からは紫味のグレー、秋の芒からは黄色、冬の車輪梅からは赤茶色と鈍紫。草や木はそれぞれに固有の色を持ち、同じ系統の色でも微妙に違っている。

    草木や土などの天然素材で色を染めていた江戸時代には、たくさんの色の名前があった。茜色など染材が由来となった名前や、なでしこ色などその色が似ている物から名前となったもの、人の名前がついた利休鼠や、地名のついた京紫などなど、手元にある色名辞典に載っているだけで432色もある。さらに季節によって、成長のサイクルによって、草木はその持つ色を変え、さらに土地によって、また水によっても色は変化し、その色合いは無限だ。

    均一さを目指して作られてきた現代の色の世界に、一つとして同じではない草木の色を「味」として投げかける。縄文的な世界観を現代の文明のなかに注入するようでワクワクする。きっとそれは私たちだけでは無いと思い、そう願っている。